望みを抱いて喜び、患難に耐え、絶えず祈りに励みなさい。(ローマ人への手紙12章12節)
1.ローマ人への手紙5章1節ー5節
2.ローマ人への手紙15章8節ー13節
3.ピリピ人への手紙4章6節ー7節
4.テサロニケへの手紙第一5章16節ー18節
イエス様は弟子たちに「あなたがたは、世にあっては患難があります。しかし、勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです。(ヨハネの福音書16章33節)」と、この世における現実を話されるとともに、勇敢に生きるための秘訣をイエス様の事を考慮して生きるように勧めています。イエス様はゲッセマネの園で深く恐れもだえ始められ弟子たちに「わたしは悲しみのあまり死ぬほどです。」と話されてから、「アバ、父よ。あなたにおできにならないことはありません。どうぞ、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの願うことではなく、あなたのみこころのままを、なさってください。(マルコの福音書14章33節-36節)」とご自身を父なる神にお委ねしたのでした。ところで、興味深いことに、ヘブル人への手紙12 章2節ー3節は「信仰の創始者であり完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。イエスは、ご自分の前に置かれた喜びのゆえに、はずかしめをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されました。」と語ってから「あなたがたは、罪人たちのこのような反抗を忍ばれた方のことを考えなさい。それは、あなたがたの心が元気を失い、疲れ果ててしまわないためです。」と勧めています。パウロは「望みを抱いて喜び、患難に耐え、絶えず祈りに励みなさい。」と勧めています。悩んでも心配しても悩みや心配そのものが問題を解決することができないばかりか、ますます心が暗くなっていくのではないでしょうか。パウロは「患難さえも喜んでいる。患難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すことを知っているからです。この希望は失望に終わることはありません。なぜなら、私たちに与えられた神の愛が私たちの心に注がれているからです。(ローマ人への手紙5章3節ー5節)」と語っています。パウロの境地になかなか到達できないように思わされますが、ヘブル人への手紙12章6節に主は愛するものを訓練されると語っています。主は私たちの祈りをお聞きくださる事を、私たちには理解できないご計画をもっておられることを、しかも勝利をもご用意してくださっていることを、主に愛されていることを忘れずに、主に助けを求めて祈ろうではありませんか。
