私が呼ぶとき、答えてください。私の義なる神。あなたは、私の苦しみのときにゆとりを与えてくださいました。私をあわれみ、私の祈りを聞いてください。(詩篇4篇1節)
1.ヨシュア記1章1節ー8節
2.詩篇119篇65節ー72節
3.ローマ人への手紙8章28節ー39節
4.ピリピ人への手紙4章4節ー7節
「ソドムとゴモラの叫びは非常に大きく、また彼らの罪はきわめて重い。わたしは下って行って、わたしに届いた叫びどおりに、彼らが実際行っているかどうかを見よう。わたしは知りたいのだ。」と仰せられた主にアブラハムは「あなたはほんとうに、正しい者を、悪い者といっしょに滅ぼし尽くされるのですか。もしや、その町の中に五十人の正しい者がいるかも知れません。ほんとうに滅ぼしてしまわれるのですか。その五十人の正しい者のために、その町をお赦しにならないのですか。正しい者と悪い者といっしょに殺し、そのため、正しい者と悪い者とが同じようになるというようなことを、あなたがなさるはずがありません。とてもありえないことです。全世界をさばくお方は、公義を行うべきではありませんか。」と、神に申し上げたのは甥のロトが住んでいたからではないでしょうか。最終的にアブラハムは正しい者の数を十人にまで減らして申し上げたのですが、結局ロトと妻と娘二人の四人が救われたのでした(創世記18章16節ー19章16節)。ダビデはまず「私が呼ぶとき、答えてください。私の義なる神。」と、自分が信じている神がどのような方であるのかを知っておられたので、主に向かって叫ぶことをされてから、「あなたは、私の苦しみのときにゆとりを与えてくださいました。(2017年訳:追いつめられたときあなたは私を解き放ってくださいました。」と、神が解決を与えてくださったことを思い起こし「私をあわれみ、私の祈りを聞いてください。」と申し上げています。後方からエジプト軍、前方には紅海と民が四面楚歌の状態に置かれたとき主は紅海を二つに分けられて民が対岸に着くと海を元に戻されエジプト軍はひとり残らず溺死したのでした。人にとって不可能な状態が起きても義なる神は解決の道を与えてくださることを心に据え、心と思いが守られるためにパウロが勧告しておられるように感謝をもって主に願いや祈りをささげようではありませんか。
