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*+†+*――゚ 2018年07月のメッセージ *+†+*――

「 すべてのことを福音のために 」

   パウロの生き方の基準は明解でした。それは「すべてのことを、福音のために」するという生き方です(第一コリント九・二三)。それが具体的にはどういうことであったのかが、ここ九章では次の三つの面に表わされているように思います。

 一、福音のためなら…しても良いことでもしない、という生き方
 八章から九章にかけて頻繁に出てくる言葉に「権利」があります。パウロにも他の人と同じく行使することが許されている「権利」は与えられていると自覚しながらも、「福音の働きによって持つ自分の権利を十分に用いないこと」それが私にとっての「報い」だとして、その権利を放棄する、それが彼の生き方でした。

 二、福音のためなら…しなくても良いことでもする、という生き方
 「だれに対しても自由」でありながら「すべての人の奴隷となり」「律法の下にある人々には、律法の下にある者のようになり」「律法を持たない人々に対しては、律法を持たない者のようになり」「弱い人々には、弱い者になりました」と、とにかく「すべての人に、すべてのものとなりました」とパウロは言い切り「それは何とかして、幾人かでも救うため」以外の何ものでもないということなのです(九・一九〜二二)。何もそこまでしなくても、というような事でさえも「福音のために、私はどんなことでもする」(九・二三口語訳)という言い方に、パウロの生き方の真骨頂を見る思いが致します。それは主イエスの生き方にならってのことなのでありましょう。

 三、福音のためなら…しなければならないことをする、という生き方
 彼にとって福音を宣べ伝えることは、してもしなくても良いことではなく「私がどうしても、しなければならない」「務め」(duty)なのだと捉えていました。ですから「もし福音を宣べ伝えなかったなら」義務違反になるのですから「わざわいだ」とさえパウロは言い、福音のために命を賭したのでした。

 私たちも、福音に生かされて今日があります。とするならば、私たちにも、その生き方の基準はどうあるべきなのかが問われ、それに答える生き方が求められているのではないでしょうか。(村上宣道)
 今後のスケジュール
日付 メッセンジャー 音楽のゲスト
7月20日 関根一夫 竹下静
7月27日 東海林隆之 MIGIWA
ベック由美子さん 「母のうた」

関根一夫先生 フライデーナイトテーマソング

関根一夫先生 主イエスを礼拝するため
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