罪から来る報酬は死です。しかし、神のくださる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。(ローマ人への手紙6章23節)

1.ルカの福音書23章32節ー43節
2.ヨハネの福音書6章35節ー40節
3.ヨハネの福音書11章25節ー26節
4.ペテロの手紙第一1章3節ー10節 

主はアダムに「あなたは、園のどの木からでも思いのまま食べてよい。しかし、善悪の知識の木からは取って食べてはならない。それを取って食べるとき、あなたは必ず死ぬ。」と、命じられましたが、そのには、人には自由意志が与えられている一方、主のことばに生きることを願っておられること、主のことばに生きることの安全性を語っています。しかし、アダムは主のことばよりも、悪魔のいつわりのことばを信じて食べて罪を犯したエバの声に従って食べたことによって人類に死が臨ことになったのですが、あわれみに富んだ神は今日の聖句が「罪から来る報酬は死です。しかし、神のくださる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。」と語っているように、人類を救うために御子イエス様を人として、「なだめの供え物」としてこの世にお遣わしになり、十字架の死をもって死をもたらす罪に対する刑罰を、罪に対する神の怒りを一身に受けてくださっただけでなく、「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」ととりなして祈られ、神の愛を示されたのでした。イエス様の両側には犯罪人が十字架にかけられいましたが、主の祈りを聞いた二人のうちのひとりは続けて悪口を言っている犯罪人に「おまえは神をも恐れないのか。お前も同じ刑罰を受けているではないか。われわれは、自分のしたことの報いを受けているのだからあたりまえだ。だがこの方は、悪いことは何もしなかったのだ。」とたしなめてから、「イエスさま。あなたの御国の位にお着きになるときには、私のことを思い出してください。」と申し上げると、イエスさまは彼に「まことに、あなたに告げます。あなたはきょう、わたしとともにパラダイスにいます。」と、生ける希望を与えたのですが、そこには一方的な主の恵みによる救いを見ることができます。世の人々は死を恐れますが、罪だけでなく死からも、恐れをもたらすサタンの支配からも贖ってくださっていることを、行いによらず恵みによって永遠のいのちが与えられているだけでなく日々恵みの中に生かされていることを忘れないように心がけようではありませんか。