律法学者がひとり来て、その議論を聞いていたが、イエスがみごとに答えられたのを知って、イエスに尋ねた。「すべての命令の中で、どれが一番たいせつですか。」イエスは答えられた。「一番たいせつなのはこれです。『イスラエルよ。聞け。われらの神である主は、唯一の主である。心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』次にはこれです。『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。』この二つより大事な命令は、ほかにありません。」(マルコの福音書12章28節ー31節)
1.出エジプト記20章1節ー17節
2.マタイの福音書6章26節33節
3. ヨハネの福音書21章15節ー17節
4.ガラテヤ人への手紙5章2節ー15節
律法学者がひとりが、「すべての命令の中で、どれが一番たいせつですか。」とイエス様に尋ねると、興味深いことにまず「一番たいせつなのはこれです。『イスラエルよ。聞け。われらの神である主は、唯一の主である。」とまず神がどのような方なのかを心して聞くように仰せられてから「心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。」と仰せられただけでなく、「次にはこれです。『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。』この二つより大事な命令は、ほかにありません。」と仰せられたのは、出エジプト記20章2節に「わたしは、あなたをエジプトの国、奴隷の家から連れ出した、あなたの神、主である」とイエス様が仰せらたようにイスラエルの神がどのような方なのかを語ってから3節ー11節は神との関係について教え、12節ー17節は人間関係の在り方について語っています。ですから、イエス様は次にと言って「あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。」と、人間関係に触れて、律法全体を二つにまとめられたのでした。なぜなら神との関係だけでは十戒の半分であるからではないでしょうか。しかも人間関係において神の愛に生きているかどうかの真価が問われることになるからではないでしょうか。ですからパウロは「律法の全体は、『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。』という一語をもって全うされるのです(ガラテヤ人への手紙5章14節)」、と語っているのではないでしょうかイエス様はバラバの代わりに十字架につけられましたが、それは父のご計画であることをご存知で、十字架の死に至るまで従順に従われて父を愛していることを示されただけでなく十字架上で人々のために「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。(ルカの福音書23章34節)」ととりなして祈られ。イエス様は「わたしが来たのは律法や預言者を廃棄するためだと思ってはなりません。廃棄するためにではなく、成就するために来たのです。」と仰せられたように、神を愛し、隣人を愛されたのでした。神を愛し、隣人、すなわち、罪人を救うためにご自身を捧げて愛を示されたイエス様の足跡を踏みしめながら生きるように心がけようではありませんか。