人の道は主の目の前にあり、主はその道筋のすべてに心を配っておられる。(箴言5章21節)

1.詩篇139篇1節ー16節
2.エレミヤ書23章23節ー24節
3.ヘブル人への手紙4章13節ー16節
4.ペテロの手紙第一5章7節ー11節

黙示録2章ー3章には、イエス様から7つの教会への手紙が記載されていますが、7は地上の完全数であるため、この世のある全ての教会への手紙と見ることができます。イエス様はすべての教会と聖徒たちの状態を知っていることを語っています。ところで、スミルナの教会には「わたしはあなたの苦しみと貧しさを知っている。ーしかしあなたは実際は富んでいるーまたユダヤ人と自称しているが、実はそうでなく、かえってサタンの会衆である人たちから、ののしられていることも知っている。」と、フィラデルフィアの教会には「わたしは、あなたの行いを知っている。見よ。わたしは、だれも閉じることのできない門を、あなたの前に開いておいた。なぜなら、あなたには少しばかりの力があって、わたしのことばを守り、わたしの名を否まなかったからである。」と仰せられ、この二つの教会に対しては悔い改めを要求していませんが、他の5つの教会、すなわち聖徒たちに対しては彼らが勝利を得るために悔い改めるべき点を指摘されていますが、それは、今日の聖句が「人の道は主の目の前にあり、主はその道筋のすべてに心を配っておられる。」と、マルコの福音書6章34節が「イエスは、多くの群衆をご覧になった。そして彼らが羊飼いのいない羊のようであるのを深くあわれみ、いろいろと教え始められた。」と語っているように、教会や聖徒たちに対してだけでなく、全ての人について無関心でおられるような主ではないことを語っています。箴言3章6節が「あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。そうすれば、主はあなたの道を真っ直ぐにされる。」と勧めているように、どんな時にも、どんな状況下にあっても、不可能がない主がいつも共におられ、私たちのことを心にかけておられることを忘れないようにしようではありませんか。