私は、主である神の仰せを聞きたい。主は、御民と聖徒たちとに平和を告げ、彼らを再び愚かさには戻されない。(詩篇85篇8節)

1.ヨハネの福音書14章27節
2.ローマ人への手紙4章25 節ー5章1節
3.エペソ人への手紙2章1節ー19節
4.コロサイ人への手紙3章15節

今日の聖句は「私は、主である神の仰せを聞きたい。」と、人からの助言よりも神の助言を求めていますが、その理由として「主は、御民と聖徒たちとに平和を告げ、彼らを再び愚かさには戻されない。」と語っています。ヤコブの手紙4章1節に「 何が原因で、あなたがたの間に戦いや争いがあるのでしょう。あなたがたの中で戦う欲望が原因ではないでしょうか。」と平和がもたらされないのは人の内にある欲望が問題であることを指摘しています。一方、イエス様は「わたしはいのちのパンです。わたしに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者はどんなときにも、決して渇くことがありません。(ヨハネの福音書6章35節)」と仰られました。ですから、パウロは「主イエス・キリストの健全なことばと敬虔にかなう教えとに同意しない人がいるなら、その人は高慢になっており、何一つ悟らず、疑いをかけたり、ことばの争いをしたりする病気にかかっているのです。そこから、ねたみ、争い、そしり、悪意の疑いが生じ、また、知性が腐ってしまって真理を失った人々、すなわち敬虔を利得の手段と考えている人たちの間には、絶え間のない紛争が生じるのです。しかし、満ち足りる心を伴う経験こそ、大きな利益を受ける道です。(テモテへの手紙第一6章3節ー6節)」と語ると共に「キリストの平和が、あなたがたの心を支配するようにしなさい。(コロサイ人への手紙3章15節)」と勧めています。主はキリストにとどまるように聖霊を与えてくださったので、一時的には自分の思いに支配され失敗するようなことがありますが、どうにもならないと「主よ」と主を呼ぶのではないでしょうか。ですから「彼らを再び愚かさには戻されない」、すなわち、「神はいない」というような愚かさ、神を知らなかったような状態に戻されることがないことを感謝しようではありませんか。