いつでも、すべてのことについて、私たちの主イエス・キリストの名によって父なる神に感謝しなさい。(エペソ人への手紙5章20節)

1.詩篇50篇7節ー15節
2.ピリピ人への手紙4章6節ー7節
3.コロサイ人への手紙3章15節ー17節
4.テサロニケへの手紙第一5章16節ー18節

パウロは「この世と調子を合わせてはいけません。いや、むしろ神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなさい。(ローマ人への手紙12章2節)」と、「愚かにならないで、主のみこころは何であるのかを、よく悟りなさい。(エペソ人への手紙5章17節)」と、神のみここを知るためには、愚かにならない、すなわち、神を考慮しないような世の人々と同じような生き方をしないように勧めるとともに「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。これがキリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。(テサロニケへの手紙第一5章16節ー18節)」と、神の願い、すなわちみこころがなんであるのかを語るととも、「いつでも、すべてのことについて、私たちの主イエス・キリストの名によって父なる神に感謝しなさい。」と、いつでも、全てのことを神に感謝して生きる秘訣は、「キリスト・イエスにあって」「私たちの主イエス・キリストの名によって」とあるように、いつもイエス様のことを思うことにあることを語っています。なぜなら、ペテロが生まれつき足のなえた方が癒されたのはイエス・キリストの御名によるものであり、「この方以外には、だれによっても救いはありません。天の下でこの御名のほかに、私たちが救われるべき名は人に与えられていないからです。(使徒の働き4章8節ー12節)」と語っているように、贖いはイエス・キリストによってのみもたらされたからではないでしょうか。感謝できないようなことさえも私たちの益としてくださる主を忘れないようにしようではありませんか。