「貧しさも富も私に与えず、ただ、私に定められた分の食物で私を養ってください。私が食べ飽きて、あなたを否み、「主とはだれだ。」と言わないために。また、私が貧しくて、盗みをし、私の神の御名を汚すことのないために。(箴言30:8ー9)

1.伝道者の書2章3節ー11節
2.マタイの福音書6章19節ー33節
3.テモテへの手紙第一6節ー 11節
4.ヤコブの手紙4章13節ー5章6節 

ソロモンは神を愛していた時には、富も誉れも求めなかったので、神は知恵の心と判断する心を与えられただけでなく、彼が願わなかった富と誉を与えるという約束されたのですが(列王記第一3章3節ー13節)、彼は神を考慮しないこの世の人々と同じ生き方を試され、富を築いたのですがむなしさをも覚え(伝道者の書2章3節ー11節)、シェバの女王がソロモンの名声を伝え聞き、ソロモンを訪問され、彼の知恵とその豊かさに驚愕して「あなたの知恵と繁栄は、私が聞いていた噂よりはるかにまさっています。なんとしあわせなことでしょう。いつもあなたの前に立って、あなたの知恵を聞くことのできる家来たちは。(列王記第一10章1節ー8節)」と言われましたが、彼自身は「神が富と財宝と誉れとを与え、彼の望むもので何一つ欠けたもののない人がいる。」とご自分のことを語ってから「しかし、神は、この人がそれを楽しむことを許さず、外国人がそれを楽しむようにされる。これはむなしいことで、それが悪い病気だ。(伝道者の書6章2節)」とむなしさの中にいたのでした。イエス様はたとえ話として豊作に恵まれた金持ちが「たましいよ。これから何年分もいっぱい物がためられた。さあ、安心して、食べて、飲んで、たのしめ。」と自分に言い聞かせましたが、神は彼に「愚か者。おまえのたましいは、今夜おまえから取り去られる。そうしたら、おまえが用意した物は、いったいだれのものになるのか。」と、「自分のためにたくわえても、神の前に富まない者はこのとおりです。」と仰せられたのでした。今日の聖句「貧しさも富も私に与えず、ただ、私に定められた分の食物で私を養ってください。私が食べ飽きて、あなたを否み、「主とはだれだ。」と言わないために。また、私が貧しくて、盗みをし、私の神の御名を汚すことのないために。」を心に据えて主は私たちの必要をよくご存知ですから、イエス様が仰せられたように神の国とその義を第一に求めるとともに、天にあるすべての霊的祝福をもって祝福されているlことを忘れないようにしようではありませんか。