ハレルヤ。主に感謝せよ。主はまことにいつくしみ深い。その恵みはとこしえまで。(詩篇106篇1節)

1.サムエル記第二7章8節ー16節
2.歴代誌第二20章11節ー23節
3.詩篇23篇1節ー6節
4.詩篇100篇1節ー5節 

今日の聖句は「ハレルヤ。主に感謝せよ。主はまことにいつくしみ深い。その恵みはとこしえまで。」と語っていますが、「ハレルヤ」と主を誉めたたえ、感謝することは贖われた者の務めである事を語っています(詩篇107篇1節ー2節)。主はダビデに彼の子孫に対して「もし彼が罪を犯すときは、わたしは人の杖、人の子のむちをもって懲らしめる。しかし、わたしは、あなたの前からサウルを取り除いて、わたしの恵みをサウルから取り去ったが、わたしの恵みをそのうように、彼らから取り去ることはない。(サムエル記第二7章14節ー15節)」と仰せられ、新しい契約を与えられたのですが、それを成就してくださったのは惠みとまことに満ちておられるイエス様であり、「私たちはみな、この方の満ち満ちた豊かさの中から、惠みの上に恵みを受けたのである。」と(ヨハネの福音書1章14節及び16節ー17節)、パウロは「罪の増し加わるところには、惠みも満ちあふれました(ローマ人への手紙5章5 節)」と、贖われた者の人生について語っています。ヨシヤパテ王は大軍が攻めてくるのを知って恐れたのですが、彼は主に「私たちに立ち向かって来たこのおびただしい大軍に当たる力は、私たちにはありません。私たちとしては、どうすればよいかわかりません。ただ、あなたに私たちの目を注ぐのみです。」と告白し、出陣するときに「主に感謝せよ。その恵みはとこしえまで。」と主を賛美すると、主は伏兵を設けてくださり、残党は同士討ちをするように主が働かれ勝利を与えられたのでした( 歴代誌第二20章11節ー23節)。試練に襲われたとき、主を誉めたたえるような状態でないような余裕のない時、パニック状態に陥らないように、主がどのような方なのかを思い起こし、賛美のいけにえを捧げようではありませんか(ヘブル人への手紙13章15 節)。