神である主、イスラエルの聖なる方は、こう仰せられる。「立ち返って静かにすれば、あなたがたは救われ、落ち着いて、信頼すれば、あなたがたは力を得る。」しかし、あなたがたは、これを望まなかった。(イザヤ書30章15節)
1.詩篇37篇1節ー9節
2.詩篇46篇8節ー11節
3.哀歌3章22節ー26節
4 ゼカリヤ書2章10節ー11節
今日の聖句はまず「神である主、イスラエルの聖なる方は、こう仰せられる。『立ち返って静かにすれば、あなたがたは救われ、落ち着いて、信頼すれば、あなたがたは力を得る。』」と、主の言うことをないがしろにし、御霊による主の指示を仰ごうとせず、アッシリヤに対抗するためにエジプトと同盟を結ぼうとしてるイスラエルの民に、主は「立ち返る」すなわち、エジプトから目を離して主の方を向くように、主の前に静まる、すなわち心を静めて主がどのような方であるのかを熟考するなら、恐れから救われることを約束するとともに、気を落ち着かせるだけでなく、主を信頼するならば主からの力を受けることを約束されているのですが、主が「しかし、あなたがたは、これを望まなかった。」と語っているように、民は目に見えない主を信頼するよりも、目にみえるエジプト人たちに頼ろうとしたのでした。約束の地を目の前にしながら、カレブが民を静めて「私たちはぜひとも、上って行って、そこを占領しよう。必ずそれができるから。」と言ったにも関わらず、カレブとヨシュア以外の者たちはアマレク人を恐れて約束の地について悪く言いふらしたので、民は主を信頼せず不信の罪を犯して「この荒野で死んだほうがましだ、」と、つぶやいたので、主は ヨシュアとカレブ以外の二十歳以上の者たちは彼らが願ったように荒野で亡くなるようにされたのでした(民数記13章27節ー14章30節)。主と主のことばは真実であることを忘れずに、さまざまな罪を犯しましたが、いつも主に立ち返ったダビデのように恵みとまことに満ちておられる主に立ち返り、主からの力を受けるために、心を、思いを静めて主がどのような方であるかを忘れないようにしようではありませんか。