主はいつくしみ深く、正しくあられる。それゆえ、罪人に道を教えられる。(詩篇25篇8節)

1.イザヤ書8章19節―9章6節
2.イザヤ書30章15節―24節
3.エゼキエル書18章20節ー32節
4.ヨハネの福音書14章1節―6節

イスラエルの民は数々の奇蹟を体験し、神がどれほどの力を持っておられるかを知っていたはずなのに、約束の地に向かう途上で恐れや欲に支配されると神の偉大さを忘れ、事あるごとにエジプトを懐かしんで神に対して不信の罪を生かしたのですが、それでも主は忍耐をもって昼は雲の柱、夜は火の柱をもって彼らを導かれ、見捨てることなく約束の地に導かれたのですが、それは今日の聖句が「主はいつくしみ深く、正しくあられる。それゆえ、罪人に道を教えられる。」と語っているように、主は正しくあられるだけでなく、いつくしみ深い方であるがゆえであることをイスラエルの歴史に見ることができるのではないでしょうか。主の正しさはいつくしみを伴ったものであり、罪人を見捨てたりせず、罪人を救うために御子イエス様をお遣わしになられたように、どんな罪人も救われることを願っておられるものであり(エゼキエル書18章23節)、過ちを犯して刑に服して刑務所から出所された方々をなかなか受け入れないような社会とは大きな違いがあるように、人の知恵では理解できないほどのものなのではないでしょうか。イエス様は私たちが過ちを犯しても、決して見捨てるような方ではなくかえって罪に定められないようにとりなしていてくださるのです。「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。」と仰せられ、人類の罪を背負われただけでなく、死からよみがえられ、いのちの道を示された恵みとまことを実現してくださったイエス様を人々が信じることができるように祈ろうではありませんか。