そこで、まず初めに、このことを勧めます。すべての人のために、また王とすべての高い地位にある人たちのために願い、祈り、とりなし、感謝がささげられるようにしなさい。(テモテへの手紙第一2章1節)

1.マタイの福音書5章38節―48節
2.ルカの福音書23章33節―43節
3.  使徒の働き7章54節―60節
4.ペテロの手紙第一2章4節―12節

イエス様は指導者たちをはじめ民衆から嘲笑われただけでなく、同じように十字架にかけられている犯罪人たちからも悪口を言われたのですが、イエス様は「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」と、「『自分の隣人を愛し、自分の敵を憎め』と言われたのをあなたがたは聞いています。しかし、わたしはあなたがたに言います。自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。(マタイの福音書5章43節―44節)」と仰せられたことを実践されたのでした。とりなしの祈りを聞いた犯罪人のひとりは悪口を言っている犯罪人をたしなめてから「イエスさま。あなたの御国の位にお着きになるときには、私を思い出してください。」と申し上げるとイエスさまは「まことに、あなたに言います。あなたはきょう、わたしとともにパラダイスにいます。」と約束されたように彼は救われたのでした(ルカの福音書32節―43節)。ステパノは石を投げつけて殺そうとしている人々のために「主よ。この罪を彼らに負わせないでください。」ととりなされたのですが、その場に、やがて使徒とされたサウロとも呼ばれていたパウロもいたのでした(使徒の働き7章60節―8章1節)。そのパウロは「神は、すべての人が救われて、真理を知るようになることを望んでおられます。神は唯一です。また、神と人との仲介者も唯一であって、それは人としてのキリスト・イエスです。」と、神の願いとみこころを知る者となり「そこで、まず初めに、このことを勧めます。すべての人のために、また王とすべての高い地位にある人たちのために願い、祈り、とりなし、感謝がささげられるようにしなさい。」と、勧めています。人はとかく他者を非難しやすいものですが、非難は何の解決ももたらすことができないどころか、苦い思いが起きてしまうのではないでしょうか。神のみこころにかなった願いや祈りを主がお聞きくださることを感謝するとともに今日もイエス様がとりなしていてくださることを忘れずに(ローマ人への手紙8章34節)、人々が救われるためにとりなして祈ろうではありませんか。