主に歌え。主にほめ歌を歌え。その奇しいみわざに思いを潜めよ。(歴代誌第一16章9節)

1.ヨシュア記4章19節―24節
2.申命記8章1節―18節
3.詩篇86篇6節―14節
4.詩篇103篇1節―14節

イスラエルの民は主が紅海を二つに分けられ、彼らが対岸に渡り終えると海水が元に戻り、追って来たエジプト軍がひとり残らず溺死したのを見た時、主の御力を見て主に向かってほめ歌を歌ったのですが(出エジプト記14章15節―15章18節)、主がどのような方であるのかを、エジプトでどれほど苦しんでいたかを忘れ、主が与えようとされているエモリ人の山地にまで来たにもかかわらず、モーセは主からその土地がどのような土地でどのような人々がそこにいるかを告げられていたにもかかわらず(出エジプト記3章8節)、民の意見に同調し各部族の族長十二人を遣わす際に、その地に住んでいる民は強いか弱いか、土地や町の状態はどんな状態かを調べ、その地のくだものを取って来るように命じたのでした。カレブとヨシュア以外の者が探って来た地について悪く言いふらしたために、民は「私たちはエジプトの地で死んでいたらよかったのに、できればこの荒野で死んだほうがましだ。なぜ主は、私たちをこの地に導いて来て、剣で倒そうとされるのか。私たちの妻子は、さらわれてしまうのに。エジプトに帰ったほうが、私たちにとって良くはないか。」と、つぶやき、主にそむかないように助言したカレブとヨシュアを石で打ち殺そうとしたのでした。今日の聖句が「主に歌え。主にほめ歌を歌え。その奇しいみわざに思いを潜めよ。」と勧めているように、パウロが「神の恵みによって、私は今の私になりました。(コリント人への手紙第一15章10節)」と告白しているように、恵みによって救われていることを忘れずに、主をほめたたえながら生きようではありませんか。