怒っても、罪を犯してはなりません。日が暮れるまで憤ったままでいてはいけません。悪魔に機会を与えないようにしなさい。(エペソ人への手紙4章26節―27節)

1.詩篇37篇1節―8節
2.マタイの福音書6章27節―34節
3.コリント人への手紙第二2章10節―11節
4.ペテロの手紙第一5章7節―10節

パウロは神の怒りについてエペソ人への手紙2章3節で語っています。一方、ヤコブは「人の怒りは、神の義を実現するものではありません。ですから、すべての汚れやあふれる悪を捨て去り、心に植えつけられたみことばを、すなおに受け入れなさい。みことばは、あなたがたのたましいを救うことができる。(ヤコブの手紙1章20節―21節)」と人の怒りについて語るとともに、そのような怒りから救われ秘訣はみことばに生きることであることを語っています。ところで、今日の聖句は「怒っても、罪を犯してはなりません。日が暮れるまで憤ったままでいてはいけません。悪魔に機会を与えないようにしなさい。」と、怒りや憤りをもたらすようなことが起こることを語るとともに、罪を犯すように仕向ける悪魔に機会を与えないようにするために、怒りが憤りまで発展しないように、その日のうちに処理するように命じています。神の怒りは感情によるものではありませんが、人の怒りは、往々にして、ねたみをはじめとする肉の思いによるものであるとともに、はじめは正義感によるものであっても、自分の義に導き、赦せない感情にかられて、怒りが憤りに発展し、憎しみを生み出すような状況に陥ってしまうのではないでしょうか。パウロが「お互いに親切にし、心の優しい人となり、神がキリストにおいてあなたがたを赦してくださったように、互いに赦し愛なさい(エペソ人への手紙4章32節)。」と勧めているように、怒りが起きても、憤りに発展しないように、悪魔の策略に陥らないように、罪に対する神の怒りを一身に背負ってくださった十字架のイエス様を、主はすべてをご存知であることを思い起こし、物事を主の御手にゆだねるようにしようではありませんか。