主はあなたに告げられた。人よ。何が良いことなのか。主は何をあなたに求めておられるのか。それは、ただ公義を行い、誠実を愛し、へりくだってあなたの神とともに歩むことではないか(ミカ書6章8節)

1.創世記6章5節―12節
2.詩篇25篇16節―21 節
3.箴言21章2節―15節
4.ルカの福音書11章37節―42節

今日の聖句の前に「私は何をもって主の前に進み行き、いと高き神の前にひれ伏そうか。全焼のいけにえ、一歳の子牛をもって御前に行くべきだろうか。主は幾千の雄羊、幾万の油を喜ばれるだろうか。私の犯したそむきの罪のために、私の長子をささげるべきだろうか。私のたましいの罪のために、私に生まれた子をささげるべきだろうか。」と問答していると、主は「主はあなたに告げられた。人よ。何が良いことなのか。主は何をあなたに求めておられるのか。それは、ただ公義を行い、誠実を愛し、へりくだってあなたの神とともに歩むことではないか」と答えを与えてくださったのでした。ところで、エレミヤ書9章24節が「主はこう仰せられる。『知恵のある者は自分の知恵を誇るな。つわものは自分の強さを誇るな。富む者は自分の富を誇るな。誇る者は、ただ、これを誇れ。悟りを得て、わたしを知っていることを。わたしは主であって、地に恵みと公義と正義を行う者であり、わたしがこれらのことを喜ぶからだ。―主の御告げー』」と自分を誇るのではなく、恵みと公義と正義を行われるのは主であることを主ご自身が語られました。ですから、今日の聖句は公義を行い、誠実を愛する、すなわち誠実に歩むためには謙遜になって公義と正義を行なわれる神とともに歩む必要があることを語っています。地上に人の悪が増大してもイアは主の心にかなった方であり、神ととも歩んだ、とありますが、彼はどのように神とともに歩んだかというと、神から言われた通りに箱舟を造られたのでした。すなわち、神とともに歩むことはみことばで生きることではないでしょうか。神とともに歩むために、世の光として輝いて生きるために、いのちのことばをしっかり握って生きようではありませんか(ピリピ人への手紙2章14節―16節)。