私は、主であられる神の仰せを聞きたい。主は、御民と聖徒たちに平和を告げ、彼らを再び愚かさには戻されない。(詩篇85篇8節)

1.ルカの福音書2章4節ー20節
2.ヨハネの福音書20章19節ー20節
3.ローマ人への手紙4章25節ー5章1節
4.エペソ人への手紙2章1節ー19節

人は世界平和を願いながらも、争いや戦いがありいまだに世界平和が実現していませんが、その原因が「欲」にあることをヤコブは語るとともに、世の人々だけでなく「あなたがたのものにならないのは、あなたがたが願わないからです。願っても受けられないのは、自分の快楽のために使おうとして、悪い動機で願うからです。貞操のない人たち。世を愛することは神に敵することであることがわからないのですか。世の友となりたいと思ったら、その人は自分を神の敵としているのです。」と、ユダヤ人キリスト者(ヤコブの手紙1章1節)の間にも争いがあることを指摘するとともに、その原因は世と調子を合わせて世の人々と同じような生き方をするためであることを語っています(ヤコブの手紙4章1節―4節)。なぜなら、すべてこの世にあるものは、肉の欲、目の欲、暮らし向きの自慢だからではないでしょうか(ヨハネの手紙第一2章16節)。自分の義に生きていた時のパウロはキリスト者を敵視して迫害していましたが、十字架の恵みを知ったパウロは「キリストこそ私たちの平和であり、二つのものを一つにし、隔ての壁を打ちこわし、ご自分の肉において、敵意を廃棄された方です。」と、神との和解が、ユダヤ人も異邦人もひとつのからだ、神の家族とされ、ユダヤ人、異邦人と区別する壁を打ち壊してくださったのは平和の君であるイエス様によって実現されたことを語っています(エペソ人への手紙2章11節―19節)。今日の聖句「私は、主であられる神の仰せを聞きたい。主は、御民と聖徒たちに平和を告げ、彼らを再び愚かさには戻されない。」を心に据えて、主はキリスト者をユダヤ人同様神の民とされ神との平和を与えてくださっていることを、十字架の恵みを知らないこの世とこの世の生き方から主が守ってくださることを感謝して生きようではありませんか。