あなたがたは、人を再び恐怖に陥れる、奴隷の霊を受けたのではなく、子とする御霊を受けたのです。この御霊によって、私たちは「アバ、父」と呼びます。御霊ご自身が、私たちの霊とともに、私たちが神の子どもであることを証してくださいます。(ローマ人への手紙8章15節―16節)

1.ヨハネの福音書1章1節ー13節
2.ヨハネの福音書3章1節−7節
3.ヨハネの福音書8章42節ー47節
4.ガラテヤ人への手紙3章26節−4章8節

パウロはアグリッパ王の前で、彼に与えられた使命について「わたしは、あなたをこの民と異邦人の中から救い出し、彼らのところに遣わす、それは彼らの目を開いて、闇から光に、サタンの支配から神に立ち返らせ、こうしてわたしを信じる信仰によって、彼らが罪の赦しを得て、聖なるものとされた人々とともに相続にあずかるためである。(使徒の働き26章17節―18節)」と証しされたように、また、エペソの聖徒たちに、イエス様を信じる前は、自分の罪禍と罪の中に死んでいた者であり、それらの罪の中にあってこの世の流れに従い、不従順の子らの中に今も働いている空中の権威を持つ支配者である霊、すなわち世全体を支配している悪魔を父とし、罪や悪魔の奴隷として、肉の欲に支配されて生きていたことを指摘する(エペソ人への手紙2章1節―3 節)一方で、今日の聖句が「あなたがたは、人を再び恐怖に陥れる、奴隷の霊を受けたのではなく、子とする御霊を受けたのです。この御霊によって、私たちは『アバ、父』と呼びます。御霊ご自身が、私たちの霊とともに、私たちが神の子どもであることを証してくださいます。」と、語っているようにイエス様を信じることによってこの世の霊から解放されて神の霊、すなわち聖霊によって新しく生まれたために、神を父と呼ぶことができる特権が与えられているので、イエス様は、祈る時にまず「天にいます私たちの父よ」と呼びかけるように教えてくださったのでした(マタイの福音書6章9節)。サタンはキリスト者に触れることはできませんが、恐怖に陥れようと火矢を射って来ますが、そのような時、この世が与えることのできない主の平安が注がれ私たちの心と思いが守られるために、いけにえをささげても、息子たちに尋ねることもせずに、その動機が「息子たちが罪に陥って、心の中で神を呪ったかもしれない」と、おびえや恐れであったヨブのようにではなく(ヨブ記1章5 節及び3章25節―26節)、神の子とされていることを自覚し、「アバ、父」と呼びかけて、恐れていることや思いわずらいなど、心のうちをすべて主に申し上げ、信仰をもって主に助けを求めようではありませんか。