神の命令とは、私たちが御子イエス・キリストの御名を信じ、キリストが命じられたとおり、私たちが互いに愛し合うことです。(ヨハネの手紙第一3章23節)

1.ヨハネの福音書13章 34節ー35節
2.エペソ人への手紙4章26節ー32節
3.ペテロの手紙第二1章1節ー9節
4.ヨハネの手紙第一4章7節ー12節

パウロは「私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。」と、神の愛がどのようなものであるかを語っています。律法の専門家が「先生。律法の中で、たいせつな戒めはどれですか。」と尋ねると、イエスさ間は、律法全体と預言者とは神を愛することと隣人を愛するという二つの戒めにかかっている、と答えられましたが、それは「アガパオ」すなわち神の愛で神を愛し、隣人を愛するように仰せられたのでした(マタイの福音書22章35節―40節)。ところで今日の聖句は「神の命令とは、私たちが御子イエス・キリストの御名を信じ、キリストが命じられたとおり、私たちが互いに愛し合うことです。」と、互いに愛し合うことは神とキリストの命令であることを語っていますが、その命令を守るためには、まずイエス・キリストの御名を信じる必要があることを語っています。ペテロが「この方以外には、だれによっても救いはありません。天の下でこの御名のほかに、私たちが救われるべき名は人に与えられていません。(使徒の働き4章12節)」と語っているように、イエス・キリストの御名を信じる、ということは救いを受けていることをー罪や死、悪魔の支配から解放されていることー、ローマ人への手紙5章5節に神の愛は聖霊によって私たちの心に注がれている、と語っていますから、すべてのキリスト者には神の愛が注がれていることを自覚し、主が喜ばれるように十字架によって示された神の愛を思い起こし、お互いに赦し合うなら、神の愛を実践することになるのではないでしょうか。