あなたは、私の神、私はあなたに感謝します。あなたは、私の神、私はあなたをあがめます。(詩篇118篇28節)

1.出エジプト記14章27節ー15章2節
2.ルツ記1章1節ー16節
3.詩篇63篇1節ー8節
4.イザヤ書61章10節

人は神によって創造されただけでなく、神から声をかけられ、神との交わりがあったのですが、偽り者である悪魔のことばを信じて罪を犯したことによって、アダムとエバは神である主の声を聞くと園の木の間に身を隠すようなことをしても、主はアダムとエバと会話している状況が創世記3章に見られます。ですから、人は神の存在を知っていますが、神は霊であるために、アダムとエバも神の声は聞きましたが見ていないように、神を見た人はだれもいないので、ローマ人への手紙1章21節―23節が「彼らは神を知っていながら、その神を神としてあがめず、感謝もせず、かえってその思いはむなしくなり、その無知な心は暗くなりました。彼らは自分では知者であると言いながら、愚かな者となり、不滅の神の御栄えを、滅ぶべき人間や、鳥、獣、はうもののかたちに似た物と代えてしましました。」と語っているように、自分たちの考えでさまざまな偶像を造ってそれを拝んでいますが、その根底には神との関係を求める心があるのではないでしょうか。ところで、ヨハネの福音書1章12節は、イエス様を受け入れたなら神の子どもとされる特権、すなわち神と親子関係が確率することを、ローマ人への手紙8章15節―16節が「あなたがたは、人を再び恐怖に陥れるような、奴隷の霊を受けたのではなく、子としてくださる御霊を受けたのです。私たちは御霊によって、「アバ、父」と呼びます。私たちが神の子どもであることは、御霊ご自身が、私たちの霊とともに、あかししてくださいます。」と語っているように、保証として聖霊が与えられるのです。今日の聖句のように、どんな時にも「神は私の神」と告白し、神がどのような方であり、どのようなことをしてくださったかを思い起こして(詩篇103篇1節ー14節)感謝するとともに、主をあがめ、主をほめたたえて生きようではありませんか。