主はご自身が試みを受けて苦しまれたので、試みられている者たちを助けることがおできになるのです。そういうわけですから、天の召しにあずかっている聖なる兄弟たち。私たちの告白する信仰の使徒であり、大祭司であるイエスのことを考えなさい。(ヘブル人への手紙2章18節―3章1節)¥
1.ローマ人への手紙8章32節―39節
2.テモテへの手紙第二2章3節―10節
3.ヘブル人への手紙12章2節―11節
マタイの福音書4章1 節が「さて、イエスは、悪魔の試みを受けるため、御霊に導かれて荒野に上っていかれた。」と,サタン(悪魔)が人災(略奪隊)や自然災害をもってヨブを試み苦しめたように(ヨブ記1章と2章)、試み自体は神からではなく悪魔によってもたらされることを語っています。イエス様がエルサレムで多くの苦しみを受け、殺され、そして三日目によみがえらなければならないことを弟子たちに話し始めると、ペテロが「主よ。神の御恵みがありますように。そんなことが、あなたに起こるはずがありません。」といさめたので、「下がれ。サタン。あなたはわたしの邪魔をするものだ。あなたは神のことを思わないで、人のことを思っている。」とペテロに言われたのでした(マタイの福音書16章21節―23節)。復活されたイエス様に会い、聖霊に満たされたペテロは「あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。神があなたのことを心配してくださるからです。身を慎み、目をさましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、ほえたける獅子のように、食い尽くすべきものを捜し求めながら歩き回っています。堅く信仰に立って、この悪魔に立ち向かいなさい。ご承知のように、世にあるあなたがたの兄弟である人々は同じ苦しみを通って来たのです。あらゆる恵みに満ちた神、すなわち、あなたがたをキリストにあってその永遠の栄光の中に招き入れてくださった神ご自身が、あなたがたをしばらくの苦しみのあとで完全にし、堅く立たせ、強くし、不動の者としてくださいます。」と、苦しみがもたらす結果を語っています。悪魔の試みを益とすることのできる神を、今日の聖句が、またパウロが勧めているように、心が元気を失い、疲れ果ててしまわないように(ヘブル人への手紙12章3節)、人類を救うために、神の栄光を現すために死にまで従われ、昇天されてから神の右の座でとりなしていてくださるイエス様のことを考えるようにしようではありませんか。