信仰によって、私たちは、この世界が神のことばで造られたことを悟り、したがって、見えるものが目に見えるものからできたのではないことを悟るのです。(ヘブル人への手紙11章3節)

1.ローマ人への手紙116節―25
2.コリント人への手紙 第一118節―25
3.コリント人への手紙 第二2章6節―14節

有機物や水などが豊富に含まれているとされている小惑星リュウグウに着陸し地下物質などの採集作業を行ったはやぶさ2号がカプセルをオーストラリアの砂漠に投下に成功したことによって、生命の誕生についての解明が進むのではないか、と報道されました。人は神の存在を知っていても、すべてを創造者された神の代わりに、自分たちの考えで滅ぶべき人間をはじめ神が創造された被造物の像を造ってそれを神として拝むことが敬虔なことと思っているのではないでしょうか。世の人々は知能指数や学歴によって賢さをはかりますが、パウロが「兄弟たち。あなたがたの召しのことを考えてごらんなさい。この世の知者は多くはなく、権力者も多くはなく、身分の高い者も多くはありません。(コリント人への手紙第一1章26節)」と語っているように、政治家はじめ経済界やスポーツ界、教育界や地域のリーダーの方々の中には創造者であり、罪を取り除いてくださるイエス様を信じている人々が少ないのではないでしょうか。詩篇119篇99節は「私は私のすべての師よりも悟りがあります。それはあなたのさとしが私の思いだからです。」と語っています。いまだにこの世や人の知恵は地球誕生、生命誕生の答えを模索している状態ですが、今日の聖句が「信仰によって、私たちは、この世界が神のことばで造られたことを悟り、したがって、見えるものが目に見えるものからできたのではないことを悟るのです。」と語っているように信仰によってしか解明できないことが多々あるのではないでしょうか。信仰が与えられていることを、神がどのような方であるかを、全生涯の罪を主が取り除いてくださったので、キリスト者には神から称賛を受ける立場が与えらていることを(コリント人への手紙第一4章5節)、神の前で恥じる必要がないことを感謝し、主をほめたたえて生きようではありませんか。