あなたを慕い求める人がみな、あなたにあって楽しみ、喜びますように。あなたの救いを愛する人たちが、「主をあがめよう」と、いつも言いますように。(詩篇40篇16節)

1.詩篇3210節―11
2.詩篇34篇1節ー3節
3.ピリピ人への手紙4章4節ー7節
4.ヘブル人への手紙1314節―15

イスラエルの民はエジプトでパロの初子をはじめ人だけでなく家畜の初子まで死にましたが、主が仰せられたように二本の柱やかもいに子羊の血を塗った家の中にいた初子はひとりも死ななかったような奇蹟を体験していながら(出エジプ記12章1節―13節)、エジプト軍が迫って来るのを見るとともに、前方には紅海という状況に追い込まれた民は非常に恐れて、一応主に向かって叫びはしましたが、モーセやアロンに「エジプトには墓がないので、あなたは私たちを連れて来て、この荒野で、死なせるのですか。私たちをエジプトから連れ出したりして、いったい何ということを私たちにしてくれたのです。私たちがエジプトであなたに言ったことは、こうではありませんか。『私たちのことはかまわないで、私たちをエジプトに仕えさせてください。』事実、エジプトに仕えるほうがこの荒野で死ぬよりも私たちは良かったのです。」とつぶやいたので、モーセが「恐れてはいけない。しっかり立って、きょう、あなたがたのために行われる主の救いを見なさい。あなたがたは、きょう見るエジプト人をもはや永久に見ることはできない。主があなたのために戦われる。あなたがたは黙っていなければならない。」と民に言うと、主はモーセに民には前進するように、モーセには「あなたの杖を上げ、あなたの手を海の上に差し伸ばし、海を分けて、イスラエル人が海の真ん中のかわいた地を進み行くようにせよ」と仰せられ、モーセが主に言われた通りにすると、主は水は分けられ陸地とされたので、民はかわいた地を渡りましたが、エジプト人は水がもとにもどったため一人残らず溺死したのでした。それを見たイスラエルの民はみことばを信じ、主への賛美を歌ったのですが(詩篇106篇12節)、民は民に混じって来た人々ともに激しい欲望にかられ「ああ、肉が食べたい。エジプトで、ただで魚を食べていたことを思い出す。きょうりも、すいか、にら、たまねぎ、にんにくも。」と、食べ物のことでつぶやいたのでした(出エジプト記14章10節―15章19節。民数記11章)。主は彼らにうずらを与えられましたが、欲望にかられた民は滅びたのでした。永遠の死から救われていることがどんなにすばらしいことなのかを考えて、今日の聖句「あなたを慕い求める人がみな、あなたにあって楽しみ、喜びますように。あなたの救いを愛する人たちが、『主をあがめよう』と、いつも言いますように。」と勧めているように、欲に支配されないようにどんなことにも主のご計画があり、意味のあることを認め、お互いに「主をあがめよう」と励まし合おうではありませんか。