神の御名はとこしえからとこしえまでほむべきかな。知恵と力は神のもの。(ダニエル書220節)

1.歴代誌 第一 2910節―13
2.ローマ人への手紙1133節―36
3.コリント人への手紙 第一 1章18節
4.コリント人への手紙 第一 23節―14

ガマリエルのもとで研鑽を積み、律法についてはパリサイ人で律法による自分の義については非難されるとことのない者で、祭司長たちから権限を与えられたパウロは熱心にキリスト者を、教会を迫害したのですが、キリスト者となったパウロは、この世や人の力や知恵とははるかに異なった神の力と神の知恵を知る者となり、「ユダヤ人はしるしを要求し、ギリシャ人は知恵を追求します。しかし、私たちは十字架につけられたキリストを宣べ伝えるのです。ユダヤ人にとってはつまずき、異邦人にとっては愚かでしょうが、しかし、ユダヤ人であってもギリシャ人であっても、召された者にとっては、キリストは神の力、神の知恵なのです。なぜなら、神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強いからです。(コリント人への手紙 第一 1章22節―25節)」と、キリスト者には神の力と知恵が与えられていることを、さらに「私のことばと私の宣教とは、説得力のある知恵のことばによって行われたものではなく、御霊と御力の現れでした。それは、あなたがたの持つ信仰が、人間の知恵にささえられず、神の力に支えられるためでした。(コリント人への手紙 第一2章4節―5節)」と、信仰も神の力によって支えられるものであることを語っています。ネブカデネザル王が、自分が見た夢とその意味を知りたくて呪法師、呪術師、カルデヤ人(占星師、学者を意味した)を呼び寄せて尋ねたのですが、だれもその夢と夢の意味を解き明かすことができなかったのに、ダニエルと三人の同僚が祈ると、主がその夢とその意味を明らかにされたので、ダニエルは「神の御名はとこしえからとこしえまでほむべきかな。知恵と力は神のもの。」と主をほめたたえたのでした。神の知恵を知らず、人の知恵が蔓延(まんえん)しているこの世にあって、どのような情報を信頼しているかを問われているように思わされます。ソロモンは「天の下では、何事にも定まった時期があり、すべての営みには時がある。・・・・神のなさることは、すべて時にかなって美しい。神はまた人に心に永遠を与えられた。しかし人は、神が行われるみわざを、初めから終わりまで見きわめることができない。(伝道者の書3章1節および11節)」を心に据えて、主の御名によって世界中の指導者はじめ人々の救いのために祈るとともに、コロナウイルスが終息する時も主が設定してくださっていることを感謝し、主の御名をほめたたえ、主の平安の中に生きようではありませんか。