最後に、私の兄弟たち。主にあって喜びなさい。これは、私には煩わしいことではなく、あなたがたの安全のためにもなることです。(ピリピ人への手紙3章1節)

1.イザヤ書6110節―11
2.ヨハネの福音書154節―11
3.ピリピ人への手紙4章4節―7節

世界中に蔓延(まんえん)しているコロナウイルスがもたらす影響に関するニュースが毎日報道されていますが、処方箋がまだ見つからない状況は人々に恐れをもたらすだけでなく、今まで誇っていた人の知恵の弱さをも明らかにしたのではないでしょうか。やがて、ワクチンが開発されるかも知れませんが、今回のように人に害を与える新しいウイルスだけでなく、いつ、また、どんな自然災害が起こるのか見当がつかない状況の中で、将来に対する不安や思い煩いに人は支配されてしまいがちになりやすいのではないでしょうか。イエス様は「わたしにとどまりなさい。(ヨハネの福音書15章4節―6節)」と仰せられるとともに、「わたしがこれらのことをあなたがたに話したのは、わたしの喜びがあなたがたのうちにあり、あなたがたの喜びが満たされるためです。(ヨハネの福音書15章11節)」とこの世が与える喜びではなく、イエス様の喜びが与えられ、喜びが満たされることを約束されました。パウロは「いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい。あなたがたの寛容な心を、すべての人に知らせなさい。主は近いのです。何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いを守ってくれます。(ピリピ人への手紙4章4節―7節)」と、勧めていますが、この手紙は、迫害され、投獄されて自由が奪われている状況下において書かれたものです。彼はとらわれの身でしたが、キリストにとどまることによって味わうことができる喜びの世界を、祈りと願いをささげている中で神の平安が与えられ、心と思いが守られることを実体験され、キリスト者に、今、置かれている状況に支配されずに喜んで生きる秘訣をお分かちしてくださっているのではないでしょうか。今日の聖句「最後に、私の兄弟たち。主にあって喜びなさい。これは、私には煩わしいことではなく、あなたがたの安全のためにもなることです。」を心に据えて、心が安全であるように、キリストにあって永遠のいのちが与えられており、御国の民とされ、御国を受け継ぐことの保証として聖霊が与えられていることを喜んで生きようではありませんか。