愛する者たち。私たちは、今すでに神の子どもです。後の状態はまだ明らかにされていません。しかし、キリストが現れたなら、私たちはキリストに似た者となることがわかっています。なぜならそのとき、私たちはキリストのありのままの姿を見るからです。(ヨハネの手紙 第一3章2節)

1.ヨハネの福音書19節―13
2.ローマ人への手紙815節―16節
3.コリント人への手紙 第二 3章17節―18

主はダビデに「あなたの日数が満ち、あなたがあなたの先祖たちとともに眠るとき、わたしは、あなたの身から出る世継ぎの子を、あなたのあとに起こし、彼の王国を確立させる。彼はわたしの名のために一つの家を建て、わたしはその王国の王座をとこしえまでも堅く立てる。わたしは彼にとって父となり、彼はわたしにとって子となる。もし彼は罪を犯すときは、わたしは人の杖、人のむちをもって彼を懲らしめる。しかし、わたしは、あなたの前からサウルを取り除いて、わたしの恵みをサウルから取り去ったが、わたしの恵みをそのように、彼から取り去ることはない。あなたの家とあなたの王国とは、わたしの前にとこしえまでも続き、あなたの王座はとこしえまでも堅く立つ」と、神と人が親子関係になることを、しかもどんなことがあっても恵み(英訳:愛)がなくなることはないことを約束されましたが、それは「ダビデの子」と言われたイエス・キリストによって成就したのでした。なぜなら、イエス・キリストによって恵みとまことは実現したからであり(ヨハネの福音書1章14節及び17節)、どんな被造物もキリスト・イエスにある神の愛から、キリスト者を引き離すことはできないからです(ローマ人への手紙8章33節―39節)。親子の成り立ちは「血」によって確立されるものです。イエス様を信じた者は、十字架の血によって贖われた者であり、血による関係が成立します。ですから、イエス様を信じたなら御霊によって新生した者であり、今日の聖句が「愛する者たち。私たちは、今すでに神の子どもです。」と語っているように、すでにこの世において神の子として生かされているのですが、あまりそのことを自覚しないで生活しがちなのではないでしょうか。しかし、コリント人への手紙 第二 3章18節が「私たちはみな、顔のおおいを取りのけられて、鏡のように主の栄光を反映させながら、栄光から栄光へと、主と同じかたちに姿を変えられて行きます。これはまさに、御霊なる主の働きによるのです。」と語っているようにキリスト者は御霊をもっているので、日々神の子らしく御霊が変えてくださることを、しかも、今日の聖句が「後の状態はまだ明らかにされていません。しかし、キリストが現れたなら、私たちはキリストに似た者となることがわかっています。なぜならそのとき、私たちはキリストのありのままの姿を見るからです。」と、ピリピ人への手紙3章21節が「キリストは、万物をご自身に従わせることのできる御力によって、私たちの卑しいからだを、ご自身の栄光のからだと同じ姿に変えてくださるのです。」と語っているように、地上でのからだが贖われて主にお会いする時、すべてのキリスト者は、主と同じ栄光の姿に変えられるという輝かしい未来があることを、すでに神の子とされていることを心に留めて神の子らしく生きようではありませんか。