すべてのことは、してもよいのです。しかし、すべてのことが有益とはかぎりません。すべてのことは、してもよいのです。しかし、すべてのことが徳を高めるとはかぎりません。だれでも、自分の利益を求めないで、他人の利益を心がけなさい。(コリント人への手紙 第一 10章23節―24節)

1.コリント人への手紙131節―7
2.ガラテヤ人への手紙513節―24
3.ピリピ人への手紙2章3節ー11節
4.ペテロの手紙 第二 1章1節―8節

神はアダムに「あなたは、園のどの木からでも思いのまま食べてよい。しかし、善悪の知識の木から取って食べてはならない。それを取って食べるとき、あなたは必ず死ぬ。(創世記2章16節―17節)」と仰せられたことばに、人には自由が与えられているとともに、自制しなくてはならないことを仰せられましたが、悪魔の善悪の知識の木の実を食べるその時、「あなたがたの目が開、あなたがたが神のようになり、善悪をしるようになる」ということばに騙されてエバが食べ、神から警告を受けていたにも関わらず、妻の声に聞き従ってアダムも食べてしまったことによって、支配する者と支配される者、過酷な労働、そして人類に死が臨むことになったのです。アダムは自由をはき違えて神が禁じられた善悪の知識の木の実を食べて罪を犯してしまったように、自由をはき違えると、自分を苦しめてしまうような状態に陥ってしまうのではないでしょうか。ですから、今日の聖句は「すべてのことは、してもよいのです。しかし、すべてのことが有益とはかぎりません。すべてのことは、してもよいのです。しかし、すべてのことが徳を高めるとはかぎりません。」とともに「だれでも、自分の利益を求めないで、他人の利益を心がけなさい。」と、そのような間違いを犯さないための秘訣を語っています。「自分の利益を求めない」ということは愛(アガペ、すなわち神の愛)の特質であることをコリント人への手紙 第一 13章5節は語っています。パウロは「何事でも自己中心や虚栄からすることなく、へりくだって、互いに人を自分よりもすぐれた者と思いなさい。自分のことだけではなく、他の人のことも顧みなさい。あなたがたの間では、そのような心構えでいなさい。それはキリスト・イエスのうちにも見られるものです。」と、神でありながら罪人を救うために十字架の死にまでも従われ神の愛を示されたイエス様のことを考えて生きるように勧めています。パウロは「兄弟たち。あなたがたは、自由を与えられるために召されたのです。ただ、その自由を肉の働く機会としないで、愛をもって互いに仕えなさい。・・私は言います。御霊によって歩みなさい。そうすれば、決して肉の欲望を満足させるようなことはありません。(ガラテヤ人への手紙5章13節及び16節)」と勧めています。なぜなら、「神の愛」や「自制(ガラテヤ人への手紙5章23節)」は御霊によって与えられているからではないでしょうか。「自由」と「自制」に生きる道を教えてくださっているみことばと私たちのためにいのちをささげられたイエス様を見上げて生きようではありませんか。

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