まことに、正しい者はあなたの御名に感謝し、直ぐな人はあなたの御前に住むでしょう。(詩篇140篇13節)

1.詩篇167節―11
2.詩篇231節―6
3.詩篇274節―3

パウロはキリスト者に同胞のユダヤ人について「兄弟たち。私が心の望みとし、また彼らのために神に願い求めているのは、彼らが神に対して熱心であることをあかしします。しかし、その熱心は知識に基づくものではありません。というのは、彼らは神の義を知らず。自分自身の義を立てようとして、神の義に従わなかったからです。キリストが律法を終わらせられたので、信じる人は、みな義と認められるのです。」と語ってから「ユダヤ人とギリシャ人との区別はありません。同じ主が、すべての人の主であり、主を呼び求めるすべての人に対して恵み深くあられるからです。『主の御名を呼び求める者はだれでも救われる』のです。」と(ローマ人への手紙10章1節―4節及び12節―13節)、70人の弟子たちがイエス様に「主よ。あなたの御名を使うと、悪霊どもでさえ、私たちに服従します。」と報告されたように、主の御名の力がいかなるものであるかを語っています。ダビデはうそをついたり、バテシバと不倫をし、バテシバから子どもができたことを告げられると、バテシバの夫ウリヤを敵に殺させるようにヨアブに指示し関節殺人を犯すなど、様々な罪を犯しましたが、「私はいつも、私の前に主を置いた。(詩篇16篇8節)」と語っているように、主に犯した罪を告白して赦していただくという恵みに生きたのでした。今日の聖句は「まことに、正しい者はあなたの御名に感謝し、直ぐな人はあなたの御前に住むでしょう。」と、正しい者、すなわち自分の義ではなく、主を信じ罪赦され神の義をいただいき主の御名を知るものとされたキリスト者は、主の御名に感謝して生きるように、直ぐな人、すなわち、ヘブル人への手紙4章15節が「私たちは、あわれみを受け、また恵みをいただいて、おりにかなった助けを受けるために、大胆に恵みの御座に近づこうではありませんか。」と勧めているように、ダビデのように心をかたくなにせず、素直にあやまちや失敗を主に申し上げ、一生涯の罪に対する罰を十字架に架けられたイエス様が受けてくださっていることを感謝し、自分から目を離し、恵みとまことに満ちておられる主を見上げ主の御前で生きようではありませんか。