聖書箇所

みことばに心を留める者は幸いを見つける。主に拠り頼む者は幸いである。(箴言16章20節)

<関連聖句>

1.使徒の働き201732
2.ヘブル人への手紙181
3.ヤコブの手紙11221節

<メッセージ>

イエス様は「なぜ、あなたの弟子たちは、昔の人のたちの言い伝えに従って歩まないで、汚れた手でパンを食べるのですか。」と問われたパリサイ人や律法学者たちに「イザヤはあなたがた偽善者について預言をして、こう書いているが、まさにそのとおりです。『この民は、口先ではわたしを敬うが、その心は、わたしから遠く離れている。彼らが、わたしを拝んでも、むだなことである。人間の教えを、教えとして教えるだけだから。』あなたがたは、神の戒めを捨てて、人間の言い伝えを堅く守っている。」と痛烈なことを仰せられてから、群衆を呼び寄せて「みな、わたしの言うことを聞いて、悟るようにしなさい。外側から人に入って、人を汚すことのできる物は何もありません。人から出て来るものが、人を汚すのです。」と仰せられたのですが、弟子たちはその意味がわからず尋ねたので、イエス様は、外側から入って来る物は人の心に入らないで、腹に入り、そしてかわや(トイレ)に出されてしまうけれども、「人から出るもの、これが、人を汚すのです。内側、すなわち、人の心から出て来るものは、悪い考え、不品行、盗み、殺人、姦淫、貪欲、よこしま、欺き、好色、ねたみ、そしり、高ぶり、愚かさであり、これらの悪はみな、内側から出て、人を汚すのです。」と説明されました(マルコの福音書7章5節ー23節)。人はとかく言い伝えや義理人情に縛られて、信仰の自由を失ってしまうようなことがあるのではないでしょうか。パウロはエペソの教会の長老たちに「いま私は、あなたがたを神とその恵みのみことばとにゆだねます。みことばは、あなたを育成し、すべての聖なるものとされた人々の中にあって御国を継がせることができるのです。(使徒の働き20章32節)」と、今日の聖句が「みことばに心を留める者は幸いを見つける。主に拠り頼む者は幸いである。」と語っているように、キリスト者が幸いな信仰生活を過ごすために必要なのは恵みを明らかにしてくださるみことばに聞き、神である主に拠り頼んで、御国の原則に生きることではないでしょうか。みことばを覚え、暗唱することも大切ですが、ヤコブの手紙1章20節—21節は「人の怒りは、神の義を実現するものではありません。ですから、すべての汚れやあふれる悪を捨て去り、心に植えつけられたみことばを、すなおに受け入れなさい。みことばは、あなたがたのたましいを救うことができます。」と、たましいがこの世の価値観や汚れから救われるために、みことばを頭で知る以上に心に蓄えることの必要性を語っています。立てられた器を用いて語られた主からのメッセージや適切なみことばを思い起こし、日々みことばに生きることができるように、私たちの心に内住されている聖霊様に助けていただこうではありませんか(ヨハネの福音書14章26節)。