聖書箇所

義を知る者、心にわたしのおしえを持つ民よ。わたしに聞け。人のそしりを恐れるな。彼らのののしりにくじけるな。(イザヤ書51章7節)

<関連聖句>

1.イザヤ書463節―13
2.使徒の働き413節―31
3.エペソ人への手紙417節―24
4.ペテロの手紙 第一 4章12節−14節

<メッセージ>

イエス様が「まことに、まことに、あなたがたに告げます。信じる者は永遠のいのちを持ちます。わたしはいのちのパンです。あなたがたの父祖たちは荒野でマナを食べましたが、死にました。しかし、これは天から下って来た生けるパンです。だれでもこのパンを食べるなら、永遠に生きます。またわたしが与えようとするパンは、世のいのちのための、わたしの肉です。」と仰せられると、ユダヤ人たちは「この人は、どのようにしてその肉を私たちに与えて食べさせることができるのか」と、イエス様にその意味を質問せず互いに議論し合ったので、イエス様が「まことに、まことに、あなたがたに告げます。人の子の肉を食べ、またその血を飲まなければ、あなたがたのうちに、いのちはありません。わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、永遠のいのちを持っています。わたしは終わりの日にその人をよみがえらせます。わたしの肉はまこと食物、わたしの血はまことの飲み物だからです。・・」と仰せられると、弟子たちの多くの者が「これはひどいことばだ。そんなことをだれがきいておられようか。」と言って離れ去って行き、イエス様とともに歩きませんでしたが、イエス様が十二弟子に「まさか、あなたがたも離れたいと思うのではないでしょう。」と言われると、ペテロが「主よ。私たちがだれのところに行きましょう。あなたは、永遠のいのちのことばを持っておられます。私たちは、あなたが神の聖者であることを信じ、また知っています。」と答えたのでした(ヨハネの福音書6章47節―69節)。イエス様はよくたとえ話をされましたが、ペテロたちはその真意をイエスさまに聞きましたが、イエス様から離れて言った弟子たちや自分たちの間で議論をしたユダヤ人たちはイエス様に話されたことの意味を聞くことをしなかったのでした。民の指導者や長老、学者や大祭司たちから、いっさいイエスの名によって語ったり教えたりしてはならないと、命じられたとき、ペテロとヨハネは「神に聞き従うより、あなたがたに聞き従うほうが、神の前に正しいかどうか判断してください。私たちは、自分の見たこと、また聞いたことを、話さないわけにはいきません。」と言ったので、彼らはふたりをさらにおどしてから釈放したのでした。ふたりは自分たちがどのような目にあったかを仲間たちに話してから、「主よ。いま彼らの脅かしをご覧になり、あなたのしもべたちにみことばを大胆に語らせてください。御手を伸ばしていやしを行わせ、あなたの聖なるしもべイエスの御名によって、しるしと不思議なわざを行わせてください。」と祈ると一同は聖霊に満たされ、神のことばを大胆に語り出したのでした(使徒の働き4章3節―31節)。今日の聖句が「義を知る者、心にわたしのおしえを持つ民よ。わたしに聞け。人のそしりを恐れるな。彼らのののしりにくじけるな。」と勧めているように、主の教えっであるみことばを心に蓄え、何でも言われたことを信じるのではなく、それが神からのものなのか、その人の肉の思いからなのかを主に聞きながら、人のことばに惑わされないように自分の歩みをわきまえて生きようではありませんか(箴言14章15節)。