聖書箇所

人の道は主の目の前にあり、主はその道筋のすべてに心を配っておられる。(箴言5章21節)

<関連聖句>

1.ヨブ記231節―10
2.詩篇1391節―3
3.ヘブル人への手紙413節―16

<メッセージ>

イスラエルの民は、エジプトで数々の奇蹟を体験しただけでなく、紅海において、イスラエルの民が対岸に渡り終えると、海水を元に戻し、後から追ってきたエジプト軍をひとり残らず全員溺死させたれたのを見た民は主を恐れ、主とモーセを信じ、主を賛美したのですが、エモリ人の山地にまで来ると民がモーセに「私たちより先に人を遣わし、私たちのために、その地を探らせよう。私たちの上って行く道や、入って行く町々について、報告を持ち帰らせよう」と迫ったので、モーセも良いと思ったのでした(申命記1章20節―22節)。そこで、主はモーセに「人々を遣わして、わたしがイスラエル人に与えようとしているカナンの地を探らせよ。父祖の部族ごとにひとりずつ、みな、その族長を遣わさなければならい。(民数記13章2節)」と助言を与えたのでした。モーセは主から約束の地についての詳細を聞いていましたが(出エジプト記3章8節)、探りに行く12人に、その地がどんなであるか、そこに住んでいる民は強いか、弱いか、など調べるだけでなく、その地のくだものを取って来るように言ったのでした。彼らは乳と蜜が流れている地であるが、「私たちはあの民のところに攻め上れない。あの民は私たちより強いから。」と報告し、探索しに行った12人のうちヨシュアとカレブ以外の10人は民に悪く言いふらしたので、民は彼らのことばを信じ「私たちはエジプトの地で真でいたらよかったのに。できれば、この荒野で死んだ方がましだ。」とつぶやいたのでした。主は彼らが願ったようにヨシュアとカレブ以外の20歳以上の民は荒野で亡くなることにしましたが(民数記13章1節―14章2節及び29節―30節)、荒野の40年の旅の間もモーセが民に「主は、あなたがたが宿営する場所を捜すために、道中あなたがたの先に立って行かれ、夜は火のうちに、昼は雲のうちにあって、あなたがたの進んで行く道を示されるのだ。」と言われましたように主は民の必要を満たされただけでなく常に民と共におられました。今日の聖句が「今日の聖句が「人の道は主の目の前にあり、主はその道筋のすべてに心を配っておられる。」と語っているように、民が主を捨てても主は民をお見捨てにならず世話をされたように、私たちにも主は同じことをされておられることを心に据えて生きようではありませんか。