使徒の働き13章39節

モーセの律法によって解放されることのできなかったすべての点について、信じる者はみな、この方によって、解放されるのです。

<関連聖句>

1.マタイの福音書5章17節―20節
2.ヨハネの福音書1章9節―17節
3.ローマ人への手紙10章1節―4節

<メッセージ>

律法は神によって与えられたもので、聖なるものであり、戒めも聖であり、正しく、また良いものですが(ローマ人への手紙7章12節)、ヤコブの手紙2章8節―11節は「もし、ほんとうにあなたがたが、聖書に従って、『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ』という最高の律法を守るなら、あなたがたの行いはりっぱです。

しかし、もし人をえこひいきするなら、あなたがたは罪を犯しており、律法によって違反者として責められます。

律法全体を守っても、一つの点でつまずくなら、その人はすべてを犯した者となったのです。

なぜなら、『姦淫してはならない』と言われた方は、『殺してはならない』とも言われたからです。

そこで、姦淫しなくても人殺しをすれば、あなたは律法の違反者となったのです。」と、律法を100%守らなければ罪を犯していることになるだけでなく、「律法の書に書いてある、すべてのことを堅く守って実行しなければ、だれでもみな、のろわれる」と、のろいが臨むことを語っていますが、ガラテヤ人への手紙3章13節—14節は「キリストは、私たちのためにのろわれたものとなって、私たちを律法ののろいから贖い出してくださいました。

なぜなら、「木にかけられる者はすべてのろわれたものである」と書いてあるからです。

このことは、アブラハムへの祝福が、キリスト・イエスによって異邦人に及ぶためであり、その結果、私たちが信仰によって約束の御霊を受けるためなのです。」と、イエス様を信じる者は、罪が赦されるだけでなく罪に定められることが決してないばかりか(ローマ人への手紙8章1節)、律法ののろいからも解放されることを語っています。

申命記28章1節—13節には主の命令を守る者に与えられる祝福が、同章15節—45節には主の命令とおきてを守らない者に臨む恐ろしいのろいについて詳細に書かれてありますが、今日の聖句は「モーセの律法によって解放されることのできなかったすべての点について、信じる者はみな、この方によって、解放されるのです。」と、すべての点、すなわち申命記に書かれてあるのろいによってもたらされるすべて出来事から解放されていることを語っています。

イエス様によって救われていることを喜ぶとともに、「のろわれているのではないか」と恐れの中におられる方々に、この福音が届くように祈ろうではありませんか。