2010年03月のメッセージ 榊原寛

キリストの地上の一週間


  3月28日の日曜日から4月7日の日曜日までの一週間は、世界のキリスト教会とクリスチャンにとって特別な日となっています。つまり、28日はキリストの地上での最後の一週間の始まりで、この日は棕櫚の日曜日、パームサンデーと呼ばれています。それは、キリストがロバの背にまたがりエルサレムの都に入城したとき、大勢の群集が棕櫚の葉を振り、キリストに向かって救い主の到来を迎えたということに由来しています。
 しかし、それから四日後、木曜日の夜、ユダが宗教家たちにキリストを売り、キリストは不敬罪の罪で大祭司の官邸で裁判されることになります。やがてローマの法廷で総督ピラトによって裁判を受け、最終的には不当の判決を受けるのです。数日前に万歳と棕櫚の葉を振りながら迎えた群衆は、無罪を提案したピラトの判決に反し、「十字架につけろ」と叫ぶのでした。
 ついに十字架刑が執行され、キリストは殺され、墓に葬られたのです。しかし、キリストは三日目に墓から甦られ、弟子たちや女たち、多くの人々に顕われたのです。
 4月4日は、キリストの復活を記念するイースターです。
地球の人口は68億人を超しています。その中でキリスト者は21億人いるであろうといわれます。日本では少数ですが、世界では多くのキリスト者たちがいて、この日々を記念として迎えようとしているのです。
 さて、キリストの誕生、生涯、そして十字架と復活が、キリストが生まれる700年前以上に救い主メシヤとして預言されているのには驚きです。たとえばイザヤ書には、「見とれるような姿はない」とか「悲しみの人で病を知っていた」とか「私たちの病を負い、痛みを担った」とか「私たちの罪のために刺し通され、私たちのとがのために砕かれた」、「ほふりばに引かれてゆく子羊のようだ」とか、「彼の墓は悪者どもと共に設けられた」とか、またゼカリヤ書には「王はろばに乗ってくる」など。
 数百年後の人物が、たとえ自分がメシヤだと公言したとして、預言どおりに生涯を演じようとしても、できるものではありません。しかし、キリストの生涯は、なんと旧約聖書に預言されたメシヤの姿そのもとしての生涯だったのです。このように、状況証拠を探そうとすれば、ほかに多くのことを発見することができます。キリストがお生まれになって2000年、このお方をわが救い主として信じた生涯を全うした人々に、数多くの偉大な人物がいたこと。しかし、そういう偉大な人物と同じように、普通のひとである私もその仲間に加えられていることの偉大さを感じるのです。フライデーナイトはそういう仲間がひとりでも多く増えるように心を合わせる場所でもあります。


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