2009年09月のメッセージ 榊原寛
私はA棟B棟の二つの棟の小さなアパートに住んでいます。最近アパートの道路わきで、毎日のように10人ぐらいの子どもたちが笑ったり泣いたり叫んだりしながら遊んでいます。
夕方遅くまで遊んでいる子どもたちを見るとき、ほほえましくも感じ、ほっとする安心感のようなものを覚えることが多いのです。
楽しい笑い声、なにが悔しかったのか悔し泣きをする声、喧嘩をして互いに罵声を浴びせている声。ああ、こうやって子どもたちは成長していくんだなあと思うからです。最近は、このように外で遊んでいる子どもたちが少なくなっています。子どもたちの実態を詳しく知っているわけではありませんが、多くの子どもたちは、学校から帰ってくれば学習塾か習い事、そうでなければ自分の家でテレビ、ビデオ、パソコン、ゲーム、ケータイにどっぷりつかっているのではないでしょうか。それは、人と人とのふれあいの場ではなく、機械とのふれあいに過ぎないのです。テレビにもゲームにも人は登場しますが、それはバーチャルな世界です。
精神医学者の小此木圭吾さんは、「『ケータイ・ネット人間』の精神分析―少年の大人もひきこもり時代」で、インターネットの魅力について言及しています。ひとつは、匿名で別人格になって振舞える。次に、「全知全能の自分」、いわゆる「全能感(オムニポテンツ)」を感じられる。三つ目に、いやになったらいつでもやめられる。
匿名で別人格になって振舞えることについては、他者や物事に対して無責任になっていく様子を感じます。
「全知全能の自分」、「全能感(オムニポテンツ)」を感じられる、ということについては、自分がなんでもできるような錯覚に陥る危険があるということです。これは、大人の世界でも、権力を手に入れ、富を手に入れ、高い地位に着くと、知らず知らず、全能感覚がその理性とやさしさを伴う思考力を麻痺させてしまうことがあるのではないでしょうか。簡単に言えば、自分が神になってしまったような錯覚です。人間の傲慢な姿を、子どもたちは知らず知らず疑似体験するのではないでしょうか。
そして、いやになったらいつでもやめられることについては、実に典型的な自己中心を感じます。自分の思うとおりにさせることができる世界と思い込んでしまうのです。
聖書の中に「神を神としてあがめず、感謝もせず、かえってその思いはむなしくなり、その無知な心は暗くなった」(ローマ1:21)とあります。
フライデーナイトは、神を神とし、感謝し、謙遜に生き方を実践し、互いに大切にし合う人間関係を確立するための集会でもあります。
万障繰り合わせてご来会くださるようにご案内致します。
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