2009年02月のメッセージ 榊原寛
何でもかんでも110番
最近は、とにもかくにも、何でもかんでも110番電話が入るのだそうです。
ささいな家庭内のトラブルもかなりあるというのです。
例えば、「弟が暴れているので来てくれないか。実は、28歳と26歳の兄弟
がインスタントラーメンを分け合おうとして、配分をめぐり口論になった」というのです。
都内在住の母親が6歳の息子が暴れているから来てくれというのでした。警
視庁の通信指令センター員は、母親の身に危険はないと判断して、「親がしっかり面倒を見なければいけない」と諭して、出動しなかったそうです。
「妻の料理がまずい。何とかしろ」という電話まで110番にかかって来るというのです。また、ひとりのおばあちゃんからの電話です。「弁当を買って来いという18歳の孫の要求を断わったら、孫が暴れ出したので、早く来て欲しい」。
ひとりの母親からでしょうか。「娘の交際相手の男性について調べてほしい」というのです。もちろん出動しませんでした。「調査はできない。ご自分で調べてください」という返事をして切ったというのです。
ひとりの妻からです。「夫が離婚届けにサインをしてくれない」。これには、「夫婦でよく話し合うように・・・。」と促したというのです。
確かに、日常茶飯事の中に、困ったこと、迷ったこと、窮地に追い込まれたこと、どうしようどうしようとただうろたえてしまうことなど、山ほどあるわけです。普通は、自分で考え、自分で処理し、自分で解決するわけです。そうでなけれな、誰かに相談するとか・・・。ところが、今日、人間関係が希薄になってしまっているので、打ち明ける相手もいない。これだけは、ゲームでもネットでもどうしようもないことがあります。もちろんプライベートなことなど、間違っても他人には打ち明けられません。
そんなとき、「神に祈る」ということが習慣付けられていたらどうでしょうか。
祈りは、独り言でもなければ、一方通行のようなものでもなければ、気晴らしのようなものでもありません。祈りを聞いてくださる神がおられるのです。もちろん、祈りの答えは、お互いの思うとおりになるということではありません。神がご覧になり、お互いの一番いいような結果を与えてくださいます。心配しないで、安心して任せて、神に打ち明けるのです。
実に聖書の言葉は、そのことをぴたりと言い当てています。
「何も思い煩わないで、あらゆるばあいに、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。」(新約聖書ピリピ4:6-7)
フライデーナイトの目的のひとつは、各自が祈りをもって自分の人生を自立に向かわせ、神の祝福を求める祈りをごいっしょにささげていくところにあります。
その祈りはやがて、他者の祝福のためへの祈りと発展していくのです。
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