2008年01月のメッセージ 榊原 寛

虚偽に満ちた人間社会をつくりかえたい


 昨年の漢字に“偽”が選ばれました。食品の産地や賞味期限の改ざん、人材派遣会社の偽装請負などが相次いで発覚したのが理由だというのです。日本漢字能力検定協会が公募し、応募のあった90,816票のうち、「偽」がトップで16,550票。「食」「嘘」「疑」が続いたそうです。清水寺で縦1.5メートル、横1.3メートルの特大和紙に偽という漢字を書いた森清範貫主は、「このような字が選ばれることは恥ずかしく、悲憤にたえない。己の利ばかりを望むのではなく、分を知り、自分の心を律する気持ちを取り戻してほしい」と話されたそうです。応募の漢字の中に、偽、嘘、疑が上位に選ばれたということは、国民全員が恥じ入る事でなければならないと痛感しています。
 ところで、「偽」という字は、送り仮名をつけると「いつわる」となるわけです。これは、辞書を調べると、<なにヲなんだト>ということで「事実とくいちがう事をわざと言ったり相手をだますようなことをしたりする」(新明解国語辞典)とありました。虚偽に満ちた人間社会にあって、何を信じたらいいのでしょうかと天に向かって叫びたくなります。
 汚れた地球、破滅に向かう地球を次世代の子供たちに渡してはならないと、ゴア元アメリカ副大統領が生涯をかけて地球温暖化と取り組んでいます。私たちも自分のできるところから取り組まなければならないと訴えられています。同じように、虚偽に満ちた人間社会を、子供たちに継承してはならないために、誰にもできることがあります。今すぐに、嘘をつかない、ごまかさない、だまさない、偽りを言わないことです。それは、道徳訓として互いに言い聞かせることも大切なことですが、私たちの生きる主体性を神に置くことです。絶対者であり、真実であり、永遠者である神に向かって生きることです。

 「欺くことをする者は/わが家のうちに住むことができません。偽りを言う者はわが目の前に立つことができません。」(詩篇101:7)
 
 聖書は、人が神の前に立ち、神にある生涯を指摘しています。預言者イザヤは、清い神のみ前に出たとき、自らの姿を次のように言い表しています。「私は言った。『ああ。私は、もうだめだ。私はくちびるの汚れた者で、くちびるの汚れた民の間に住んでいる。しかも万軍の主である王(神)を、この目で見たのだから。』」(イザヤ6:5)神はこのとき、イザヤを清めて、神の言葉を預言する器として用いたのです。人間は完全者になることはできません。罪を真心から悔い改め、神に対し、人に対し、真実であるとき、神は真にその人を祝福し用いてくださいます。政治家だけでなく、事業家だけでなく、すべての人が、神に真実で、神に用いられ、祝福される人にさせていただきたいものです。


無断での複写、転載を禁じます。 お茶の水クリスチャン・センター 
CopyRight(C)2006-2008 ochanomizu Christian Center All Rights Reserved