2007年09月のメッセージ 榊原 寛
イスラエルの首都エルサレムの東のケデロンの谷に面したところに、ギホンの泉があります。この泉からエルサレムの市街に水道を引いたのは、南王国ユダの王、ヒゼキヤでした。今から2500年も前のことです。しかもこの泉からは、現在もこんこんと水が湧き出ています。ギホンとは、「ゴボッ ゴボッ」と水が湧き出る様子から、「湧き出す」という意味のギホンという名前が付けられたそうです。S字状に蛇行してシロアムと呼ばれている池まで533メートルの距離を、1メートルにつき6ミリの落差でゆっくりと流れています。私も城壁内に向かって流れる水道に入り、水の冷たさと冷気に触れ、2500年前を経験したことがあります。
「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる。」(ヨハネ7:37,38)というキリストの言葉は、キリストがこの泉を念頭に置かれていたのではないかと言われています。
中近東の旅行の心得としてもっとも大切なひとつは、「水を飲む」ということです。40度以上の暑さ、乾燥しきった気候に耐え抜くための必需品は水です。ガイドは、口を開けば「皆さんお水を飲まれましたか」です。脱水症状は、命を危険にさらします。
キリストは水について次のように言われたことがありました。「この水を飲む者はだれでも、また渇きます。しかし、わたしが与える水を飲む者はだれでも、決して渇くことがありません。わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠のいのちへの水がわき出ます。」(ヨハネ4:13、14)このときは、3000年ほど前に掘られたヤコブの井戸の水をさして言われた言葉でした。実際、ギホンの泉の水であろうとヤコブの井戸の水であろうと、また、市販されているミネラルウオーターでも、一度飲めば渇くことがないというような水は世界のどこにもありません。キリストが「また渇く」という水を指して言われたのは、私たちの心を潤し、飽くことのない日々を歩ませるのは、地上の楽しみや慰めではだめなのだということです。酒を飲んで憂さを晴らしたとしても、それは本当の解決ではありません。安定剤を飲んで睡眠をとる必要があったとしても、それは一時的なものです。健康や経済的な豊かさや地位や名誉は、私たちが地上で生活するためには、かなりの保証になります。しかし、それは決して永続するものではなく、また突然にもろく崩れるものです。それは水で言えば、「また渇く」ものです。
しかし、キリストを信じ、神と共に生きる人生は、ギホンの泉のように、湧き出る泉を持つような人生なのです。ところで「泉」という字は、岩の穴から湧き出す水を表しているそうです。神は荒野を旅して渇きを訴えた民たちに、岩から水を噴き出させたように(出エジプト17章)あなたの人生の荒野の旅のために、渇くことのない水を備えてくださいます。
毎週金曜日に開かれているフライデーナイトは、お互いのための渇くことない水探しのためです。また教会もご紹介します。神の祝福のある人生をご一緒したいと思っています。 ぜひお誘い合わせておいでください。
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