2006年04月のメッセージ 関根 一夫
ローマの信徒への手紙
8:37 しかし、これらすべてのことにおいて、わたしたちは、わたしたちを愛してくださる方によって輝かしい勝利を収めています。
8:38 わたしは確信しています。死も、命も、天使も、支配するものも、現在のものも、未来のものも、力あるものも、
8:39 高い所にいるものも、低い所にいるものも、他のどんな被造物も、わたしたちの主キリスト・イエスによって示された神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのです。
* * *
どんな力や権力、権威であろうと、私たちに対する神の愛を打ち消したり、妨げたりすることができないという自信は、私たちに勝利の意識をもたらします。
私が、神様に対して何かをしているということではなく、神様のほうで、とにかく、圧倒的な愛を示してくださり、絶大な投資をしてくださって、何をもってしても、切り離すことができないほどの愛を注いでくださっているのです。これは驚くべき内容です。心が躍るほど、素晴らしいニュースです。まさに福音です。
先日、OCCの中にあるキリスト教書店CLCで、携帯電話のストラップを見ていました。2種類ありました。ひとつは、「イエス様だったら、どうするか」という英語の頭文字が入ったもの、そして別のものは、「アイラブジーザス」という英語とハートマークのついたものでした。どちらもそれぞれ素敵なものでした。
ただ、ふと考えてしまったのは、「アイラブジーザス」(私はイエス様を愛しています)というその標語についてでした。「私がイエス様を愛している」ことは、確かに重要ではあるけれど、誇れるほどのものではありません。他者に吹聴できるほどのものでは全くありません。
むしろ、もっと世の中に提示すべき内容は「ジーザスラブスミー」なのではないかと思ったのです。私が神様を愛しているということは私にとっては大切なことではあるのですが、それが私と神様の重要な土台ではなく、神様が私を愛してくださっているということのほうがはるかに、はるかに重要であり重大です。もちろん、そのストラップを首からさげて全く問題はないのです。ただ、その言葉に少しだけ引っかかりを感じただけのことです。
パウロは、神様が圧倒的に私たちを愛してくれています。と宣言しています。ここに私たちの安心があるのです。これほど大きな喜びはありません。天地を創造なさった神が、私を愛し、まるで世界に私しか存在しないかと思うほど、私に対して無限の愛をそそいでくださっている。もったいないほどの愛なのです。そういう関係は宝です。
ジーザスラブスミーってうれしいことです。
「主われを愛す」これは賛美歌の中の名曲であり、英語の原詩は神学的に優れています。英語の元歌を知っていますか?
祝福がありますように。
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