2005年11月のメッセージ 関根 一夫



 ローマの信徒への手紙
8:19 被造物は、神の子たちの現れるのを切に待ち望んでいます。
8:20 被造物は虚無に服していますが、それは、自分の意志によるものではなく、服従させた方の意志によるものであり、同時に希望も持っています。
8:21 つまり、被造物も、いつか滅びへの隷属から解放されて、神の子供たちの栄光に輝く自由にあずかれるからです。
8:22 被造物がすべて今日まで、共にうめき、共に産みの苦しみを味わっていることを、わたしたちは知っています。

* * *

パウロは、将来について語ります。
終末を越えた将来です。
人間の罪が被造物全体に影響を及ぼし、本来の美しさを発揮できずに存在しているとパウロは語ります。
滅びへの隷属という難しい言葉がでてきますが、これは、神様によって作られた永遠的な美や価値が安っぽいものになってしまっているということと通じています。

完成品が欠損品になってしまっているのです。
被造物全体が、本来神様が計画してくださった価値や美を取り戻したいとうめいているのだとパウロは理解しています。


オーストラリアの神学生時代、私は、学校の近くの浜辺で朝日や夕焼けをじーっと見て、その美しさに感激した日々がありますが、そのときでさえ、「今の美は、人間の罪の汚染の影響を受けている美なのだなあ。神様がお作りくださった当初の罪の影響を受けていない自然の美は、想像することも難しい」と話し合いながら、来るべき、新しい天と新しい地の麗しさに心を震わせていました。

罪の影響からくる、不自然、不完全感、汚染、不足感などは、拭い去ることができない現実です。

パウロは、「しかし、やがてそういうことから解放されるときが来るのだ」と教えるのです。まず、人間が「贖われ」そしてその祝福が全部の生き物、存在に及ぶのだという発想がここにあります。


まだ、その出来事は進行中なので、全部を見ることができませんが、そういう方向で進んでいるのだと信じることが大事なのです。まだ目に見えていない、これからのことですが、そこに希望があるのだと教えています。

希望があるのです。私たちにも、被造物全体にも。そう考えると、犬にも猫にも希望があるのです。滅びへの隷属から解放される日が必ずあるのです。うれしいことです。

肉体の死の先に、それが待っているとしたら、死に急ぐ必要はありませんが、絶望しなくてよいのです。

希望が存在します。神様の用意してくださった、死を超えた、滅びを超えた希望です。

だから今の苦難に耐えられるのです。それがどんな苦難であるとしても。

希望にあふれる将来が必ず用意されていると信じられるから。

希望って大事ですね。
フライデーナイトでその希望をゲットしてください。
祝福がありますように。


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