2005年06月のメッセージ 関根一夫

人間が人間を


 わたしはこのようなことを見極め、太陽の下に起こるすべてのことを、熱心に考えた。今は、人間が人間を支配して苦しみをもたらすような時だ。
コヘレトの言葉(伝道者の書) 8:9

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今ほど、人の支配が人を苦しめている時代はないのかもしれません。
いわゆる、のどかさが消えてしまった感があります。

人が人と丁寧に関わり、尊敬し、談笑できる空間には「支配感」は存在しません。支配の周りには緊張があり、恐れがあり、不信があります。しかし、その支配は、夫婦の間にも、上司との関係の中にも、学校の中にさえ入り込んできています。人間が相手を「物」や「道具」「所有物」と考えてしまうとそこに「支配感覚」が生まれてきます。しかし、人は人として尊重されなければ本来の人間らしさは育ちません。

人は、神様に生かされ、神様に支えられて生きているのだと聖書は教えています。神様こそ統治者であり、支配者なのです。もちろんある部分の支配というか、管理は人間に任されていますので、「支配人的」な役割はあるのです。しかし、支配という言葉が「人」に向けられてしまったとき、そこには平安はなくなります。抑圧的な言葉ですものね。

イエス様は、私たちを「解放」するために来てくださいました。
人間に支配されて苦悩していても心の解放をイエス様はもたらしてくださいます。絶望しなくてもよい生き方があるのです。そして、イエス様は上に立つ人間は、相手を支配するような生き方ではなく「相手に仕える」生き方をするようにと勧めました。

「長」のつく役職を持っている人の最大の仕事はその人の下で働く人たちが働きやすく環境を整えるために仕えることにあるのだろうと思います。支配欲というのが、思いのほか私たちの心には強く大きなものです。しかし、それ以上に「私は神様のものとして生かされている」という原点をしっかり持ちたいものですね。

フライデーナイトでお会いしましょう。
祝福がありますように。


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