2005年05月のメッセージ 関根 一夫
詩編130
130:3 主よ、あなたが罪をすべて心に留められるなら/主よ、誰が耐ええましょう。
130:4 しかし、赦しはあなたのもとにあり/人はあなたを畏れ敬うのです。
130:5 わたしは主に望みをおき/わたしの魂は望みをおき/御言葉を待ち望みます。
***
「赦しはあなたのもとにあり、人はあなたを畏れ敬うのです」という言葉はとても大切な言葉です。人間関係においても「赦し」ということはとても大事です。ところが、私たちは赦しているようでいて、案外赦していないのです。人の自分に対する悪を、忘れることができず、心からそのことをなかったことのように処理することは到底出来ません。どこかで思い出し、どこかで怒りを発し、相手を軽蔑し、相手をいつでもそのときの感情のフィルターで見てしまう傾向があるのです。
人間関係の難しさの多くは、「赦せない」ところから来ています。尊敬できないという感情の多くは「赦せない」という経験からきています。しかし、詩編の作者は、「赦し」は神様のもとにあると告白しています。私たちの罪を「赦し」、私たちの「罪責感やとがめ」を消し去ってくださいます。神様に対して持っている「裁きへの恐怖」を清算してくださるのです。もちろん、そういう赦しの背後に神様の大きな「犠牲」がありました。誰かがその罪の責めや裁きを引き受けなければなりませんでした。
イエス様の十字架はそのためのものでした。私の罪を赦すために、私の裁きをすべて実行し、咎めから解放するためにイエス様は十字架で父なる神様から裁かれてくださいました。罪の赦しと関係の修復がなされるために、私たちへの愛を神様はその十字架の出来事の中に見せてくださいました。
だからこそ、私たちは神様を礼拝するのです。赦すという一大事業を成し遂げてくださった神様を私たちは礼拝し、畏れ敬うのです。赦された喜びは、私たちの心を礼拝や賛美にむけさせます。そして、そこに私たちの希望があるのです。教会における礼拝も、OCCにおけるフライデーナイトもその希望を分かち合っているのです。赦されて生きる道があるのだという希望を。
祝福がありますように。
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