2004年11月のメッセージ 関根 一夫
「忘れられるということ」
ファラオは給仕役の長を給仕の職に復帰させたので、彼はファラオに杯をささげる役目をするようになったが、料理役の長は、ヨセフが解き明かしたとおり木にかけられた。ところが、給仕役の長はヨセフのことを思い出さず、忘れてしまった。 創世記40章21~23節
***
これは牢獄の中でのヨセフのエピソードです。給仕役の長の頭と料理役の長がそれぞれ投獄され、ヨセフは彼らの身の回りの世話をすることになります。そして彼らは夢を見て意味がわからずふさぎ込んでいると、ヨセフはその夢を解き明かします。その一人は助かり、一人は殺されてしまうという解き明かしなのですが、助かるはずの給仕長にヨセフはこう懇願します。
「ついては、あなたがそのように幸せになられたときには、どうかわたしのことを思い出してください。わたしのためにファラオにわたしの身の上を話し、この家から出られるように取り計らってください。わたしはヘブライ人の国から無理やり連れて来られたのです。また、ここでも、牢屋に入れられるようなことは何もしていないのです。」
創世記40:14,15
しかし、牢獄から出て仕事に復帰できた給仕長はヨセフのことを忘れてしまいます。
人をあてにしてがっかりさせられた経験はありますか?人に忘れられてしまったという悲哀を味あったことはありますか?実は、あなただけの経験ではないようです。ヨセフは、この牢獄に取り残されたまま2年間忘れられてしまうのです。そうです。人は忘れます。また、忘れられることがあります。
そのことについての有名な言葉がありますよね。イザヤ書49:15ですが、「女が自分の乳飲み子を忘れるであろうか。母親が自分の産んだ子を憐れまないであろうか。たとえ、女たちが忘れようとも/わたしがあなたを忘れることは決してない。」これが私たちに対する神様の心です。
新約聖書ではイエス様がこうお語りになりました。
「五羽の雀が二アサリオンで売られているではないか。だが、その一羽さえ、神がお忘れになるようなことはない。それどころか、あなたがたの髪の毛までも一本残らず数えられている。恐れるな。あなたがたは、たくさんの雀よりもはるかにまさっている。」ルカ 12:6
神様に忘れられることは決してないのです。ここに私たちの安心の土台があります。祝福がありますように。
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