2010年07月のメッセージ 榊原寛

神を畏れかしこむ生き方に祝福がある


  野球賭博の事実が相撲界に発覚し、連日そのニュースであふれています。
 関取や親方衆の名前が明らかにされるたびに、ショックを否めません。
ところで、69連勝もした昭和の大横綱、双葉山は、右目がほとんど見えなかったと伝えられています。さらに、右手の小指が不自由であったというのです。

 右目は、彼が5歳のとき、友だちが吹いた吹き矢が目に刺さり、ほとんど失明してしまったそうです。外見からはほとんど分からず、知っていたのは、親と親方だけだったそうです。しかも、父親は誰がその矢を吹いたのかを知っていながら、死ぬまで口を閉ざし続けたのだそうです。自分の子どもが一生涯、相手を憎み続けることがないように。憎まれるよりか、憎む方がどれだけ本人にとってマイナスになるかを考えたことからなのでしょう。

 子どもを思いやりって話さなかったのだそうです。父親の分別を踏まえた深い愛情のゆえだったのでしょう。その上、彼の右手の小指は、2度の事故のため不自由になっていたというのです。このようなハンデを抱えながら、相撲道に精進し、昭和屈指の大力士となったのです。

 どこも不自由のない力士達が、暴力団とつながり、野球賭博に興じていたかと思うと、情けない気持ちでいっぱいです。心が不自由なのです。
相撲ファンの純粋な気持ちを汚し、子供たちの心を踏みにじり、真剣に真面目に精進している仲間たちを裏切った罪は大きいのではないでしょうか。
聖書に次のような言葉があります。

 「人はそれぞれ自分の欲に引かれ、おびき寄せられて、誘惑されるのです。欲がはらむと罪を生み、罪が熟すると死を生みます。」(新約聖書ヤコブ書1:14-15)

欲に引かれ、おびき寄せられ、その欲がはらむと罪を生み、罪が熟すると死を生むというのです。
 
 彼らの人生は終わりだと断定できなくても、少なからず、相撲人生は生きていけなくなってしまったでしょう。自ら死を招いてしまったということでしょう。しかし、これは相撲界だけではなく、すべてのスポーツ界、ビジネス業界、そしてすべての人間社会に通じることだということを否定する人はいないでしょう。しかし、彼らには、人生をやり直す道は残っているはずです。
キリストは、言われました。「 からだを殺しても、たましいを殺せない人たちなどを恐れてはなりません。そんなものより、たましいもからだも、ともにゲヘナ(地獄)で滅ぼすことのできる方を恐れなさい。」(マタイ10:28)
真の宗教は、ご利益が最優先されるものではありません。真の神の前にいかに真実に真心を込めて生きるかを優先させるためなのです。

 フライデーナイトは実はそのためなのです。ぜひお互いの人生をしっかり見つめたいものです。


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