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*+†+*――゚ 2017年05月のメッセージ *+†+*――

「 羽鳥先生をしのんで 」

  ”人は生きたように死んでいく“とはある医師のことば。
 死に際に現れるのは、地位や職業ではなく、その人の生き様、人生への態度なのだ、というのである。その点からいうと、羽鳥先生のエンディングは、まさに徹底して福音に生きた人の終わり方であったといえる。

 召される三週間ほど前に肺炎を起こし、数日で一応おさまったものの、その後は酸素吸入の管をつけるようになり、会話もままならず、眠り込んでいるような状態が続いていたようである。それがなんと召される二週間前、突然寝たままで説教を始めたというのである。ちょうどその場に居合わせた娘さんがその様子をスマホに収録することができたという。その映像を四月一七日にもたれた葬儀の時に参列者はみな見ることができて、驚きと感動を共にしたのであった。
 幸い映像も音声もクリアで語る言葉もはっきりとしていて力強く、時には笑みも浮かべて語りかける姿は、往年の羽鳥先生をしのばせるに十分であった。あの「私が一六歳の時・・・」から始まる感動的な救いの証しと「人はみな罪びとで、しかし救い主イエス・キリストの十字架によって誰でも罪ゆるされるのである。だからこの救い主イエス・キリストを、あなたも信じなさい」と明解に語り、勧めるのである。

 九六歳の最後、どこまで意識がおありだったのか定かでないような状態でありながら、最後の最後まで、福音を語らずにはおられない、伝道者羽鳥先生の面目躍如といったシーンである。演出でできることではない。まさに「私は福音を恥としない。この福音はすべて信じるものに救いを得させる神の力」「だから私はこの福音を伝えずにはいられない」として徹底して生きられたようにその最後を閉じられたということであろう。

 先生は放送伝道のパイオニアとして、日本全土ほぼ一〇〇パーセントを放送網でカバーできたばかりでなく、総動員伝道を全国に展開するなど、日本の宣教の歴史に特筆されるべきほどの大きな役割を果たし、このお茶の水クリスチャン・センターの理事長も務められた。その目指すところはすべて、日本に福音を満たすということ以外ではなかったように思う。

 だから、先生の願いは、残されたものたちが、その実現に向けてビジョンを受け継ぐこと以外にはなく、それにどう応えていくべきなのかを、いま私たちは問われていると言えるのではあるまいか。(村上宣道)
 今後のスケジュール
日付 メッセンジャー 音楽のゲスト
5月26日 小川真 出立樫太
6月 2日 アーサー・ホーランド 三上勝久
ベック由美子さん 「母のうた」

関根一夫先生 フライデーナイトテーマソング

関根一夫先生 主イエスを礼拝するため
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