2019年3月16日(土)
 わたしにとどまりなさい。わたしも、あなたがたの中にとどまります。枝がぶどうの木についていなければ、枝だけでは実を結ぶことができません。同様にあなたがたも、わたしにとどまっていなければ、実を結ぶことはできません。
(ヨハネの福音書15章4節)

<<関連聖句>>
1.マタイの福音書6章24節―33節
2.ローマ人への手紙3章23節―26節
3.コリント人への手紙 第一 1章26節―31節
4.ガラテヤ人への手紙5章19節ー23節
5.ピリピ人への手紙1章9節ー11節
<< ヒント >>
 イエス様は「にせ預言者たちに気をつけなさい。

彼らは羊のなりをしてやって来るが、うちは貪欲な狼です。

あなたがたは、実によって彼らを見分けることができます。

ぶどうは、いばらからは取れないし、いちじくは、あざみから取れるわけがないでしょう。

同様に、良い木はみな良い実を結ぶが、悪い木は悪い実を結びます。

良い木が悪い実をならせることはできないし、また悪い木が良い実をならせることもできません。

良い実を結ばせない木は、みな切り倒されて、火に投げ込まれます。

こういうわけで、あなたがたは、実によって彼らを見分けることができるのです。

わたしに向かって、『主よ、主よ』と言う者がみな天の御国に入るのではなく、天におられりわたしの父のみこころを行う者が入るのです。

その日には、大ぜいの者がわたしに言うでしょう。

『主よ、主よ。

私たちはあなたの名によって預言をし、あなたの名によって悪霊を追い出し、あなたの名によって奇蹟をたくさん行ったではありませんか。』しかし、その時、わたしは彼らにこう宣告します。

『わたしはあなたがたを全然知らない。

不法をなす者ども。

わたしから離れていけ。』(マタイの福音書7章15節―23節)」と、罪の解決を与えてくださったイエス様との関係がない限り、良い実をつけることができないばかりか、御国に入ることができないことを話されました。

パウロは「御霊の実」についてだけでなく(ガラテヤ人への手紙5章22節―23節)、私たちのうちに神の御栄と誉が現されるために「義の実に満たされていること」が必要であることを語っています(ピリピ人への手紙1章11節)。

キリスト者は義とされ、心に神の愛を注いでくださる聖霊が与えられていますが、「義の実」に満たされるために、「御霊の実」を結ぶために必要なことを今日の聖句は「わたしにとどまりなさい。

わたしも、あなたがたの中にとどまります。

枝がぶどうの木についていなければ、枝だけでは実を結ぶことができません。

同様にあなたがたも、わたしにとどまっていなければ、実を結ぶことはできません。」と語っているのではないでしょうか。

キリストの中にある者(ピリピ人への手紙3章9節)、神の子とされていることを心に留め、この世や人の考えや価値観ではなく、みことばによって現されているイエス様の生き方に習って生きようではありませんか(コロサイ人への手紙1章10節)。

日々の聖書とメッセージ (「賛美と聖書の集い」ボーマン・ルリ子 )