2018年12月7日(金)
 私の主、神は、私の力。私の足を雌鹿のようにし、私に高い所を歩ませる。
(ハバクク書3章19節)

<<関連聖句>>
1.創世記49章21節 詩篇18篇20節―34節(サムエル記 第二 22章31節―35節) 
2.ローマ人への手紙10章10節―15節
3.コリント人への手紙 第一 1章18節ー30節
4. エぺソ人への手紙1章17節―22節
<< ヒント >>
 今日の聖句「私の主、神は、私の力。

私の足を雌鹿のようにし、私に高い所を歩ませる。」や詩篇18篇30節―33節は「神、その道は完全。

主のみことばは純粋。

主はすべて彼に身を避ける者の盾。

まことに、主のほかにだれが神であろうか。

私たちの神を除いて、だれが岩であろうか。

この神こそ、私に力を帯びさせて私の道を完全にされる。

彼は私の足を雌鹿のようにし、私を高い所に立たせてくださる。」と、神は私たちの足を雌鹿のようにされることを語っています。

興味深いことに創世記49章21節が「ナフタリは放たれた雌鹿で、美しい子を産む」と、申命記33章23節が「ナフタリは恵みに満ち足り、主の祝福に満たされている。

西と南を所有せよ。」と、ナフタリは遣わされる雌鹿で主の恵みと祝福に満ち、美しい子を産む、と語っています。

一方、ラケルはヤコブに愛されていましたが不妊であったので、ヤコブの子を産んだ姉のレアをねたんで彼女の女奴隷ビルハをヤコブの妻として与えたのでした。

彼女が男の子を産むと「私は姉と死に物狂いの争いをして、ついに勝った」と言って、ナフタリと名づけたのです。

ですから、ナフタリは、勝利をもたらす力をも兼ね備えている存在でもあるのです。

イエス様は「あなたがたは世にあっては患難があります。

しかし、勇敢でありなさい。

わたしはすでに世に勝ったのです。

(ヨハネの福音書16章33節)」と仰せられたように、キリスト者の心には恵みとまことに満ちておられるだけでなく、死に勝利され、神がいっさいのものを足の下に従わせられたイエス様が聖霊なる神として内住しておられ、キリスト者はキリストの大使として世に遣わされているのです。

今日の聖句「私の主、神は、私の力。

私の足を雌鹿のようにし、私に高い所を歩ませる。」を心に留めて、キリストの恵みによって私たちに与えらている神の力、神の知恵、権威を無駄にすることなく、主が喜ばれるように生きようではありませんか。

日々の聖書とメッセージ (「賛美と聖書の集い」ボーマン・ルリ子 )