2018年12月4日(火)
 主はすべてのものにいつくしみ深く、そのあわれみは、造られたすべてのものの上にあります。
(詩篇145篇9節)

<<関連聖句>>
1.詩篇86篇12節―15節
2.哀歌3章22節―24節
3.エペソ人への手紙2章1節―9節
<< ヒント >>
 パリサイ人や律法学者はじめユダヤ人には選民意識があり、人を見下すようなことをしていたので、取税人や罪人が大ぜいイエス様と弟子たちといっしょに食卓に着いているのを見たパリサイ人たちは弟子たちに「なぜ、あなたがたの先生は、取税人や罪人といっしょに食事をするのですか。」と尋ねているのを聞いたイエス様は「医者を必要とするのは丈夫な人ではなく、病人です。

『わたしはあわれみは好むが、いけにえは好まない』とはどういう意味か、行って学んで来なさい。

わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招くために来たのです。」と話されたのでした。

イエス様が悪霊につかれて口のきけないかった人から悪霊を追い出してものが言えるようにされるとパリサイ人たちは「彼は悪霊どものかしらを使って、悪霊どもを追い出しているのだ」とイエス様のことを言ったのでした。

イエス様は、羊飼いのいない羊のように弱り果てて倒れている群衆を見て深くあわれまれたのでした(口語訳、新改訳:かわいそうに思われた)。

敬虔な人で全家族とともに神を恐れかしこみ、ユダヤの人々に多くの施しをなし、いつも神に祈っていたイタリヤ隊という部隊の百人隊長であったコルネリオにペテロが「ご承知のとおり、ユダヤ人が外国人の仲間に入ったり、訪問したりするのは、律法にかなわないことです。

ところが、神は私に、どんな人のことでも、きよくないとか、汚れているとか言ってはならないことを示してくださいました。

それで、お迎えを受けたとき、ためらわずに来たのです。

そこで、お尋ねしますが、あなたがたは、いったいどういうわけで私をお招きになったのですか」と、尋ねたので、彼はペテロを招くいきさつを語ってから「いま私たちは、主があなたにお命じになったすべてのことを伺おうとして、みな神の御前に出ております。」と言うと、ペテロは「これで私は、はっきりわかりました。

神はかたよったことをなさらず、どの国の人であっても、神を恐れかしこみ、正義を行う人なら、神に受け入れられるのです。

神はイエス・キリストによって、平和を宣べ伝え、イスラエルの子孫にみことばをお送りになりました。

このイエス・キリストはすべての人の王です。」と言ってから福音を語ると、みことばに耳を傾けていた人々に、聖霊がお下りになったので、ペテロといっしょにいた人たちは異邦人にも聖霊の賜物が注がれたのに驚いたという記事が使徒の働き10章1節―45節にあります。

今日の聖句「主はすべてのものにいつくしみ深く、そのあわれみは、造られたすべてのものの上にあります。」を、主の恵みによって救われていることを今日も主のあわれみの中に生かされていることを感謝し、主がどれほどあわれみ深い方であるかを人々が知ることができますように祈ろうではありませんか。

日々の聖書とメッセージ (「賛美と聖書の集い」ボーマン・ルリ子 )