2018年11月9日(金)
 私の神は、キリスト・イエスにあるご自身の栄光の富をもって、あなたがたの必要をすべて満たしてくださいます。
(ピリピ人への手紙4章19節)

<<関連聖句>>
1.ヨハネの福音書6章32節―35節
2.ヨハネの福音書16章19節―33節
3.ローマ人への手紙11章33節―36節
<< ヒント >>
 ソロモンが「すべてのことはみなものうい。

人は語ることさえできない。

目は見て飽くことがなく、耳は聞いて満ち足りることもない。

金銭を愛する者は金銭に満足しない。

富を愛する者は収益に満足しない。

これもまた、むなしい。

(伝道者の書1章8節及び5章10節)」と、語っているように欲に支配されていると、満ち足りた心を持つことができずに、満足することを追い求めながら、むなしさを抱えながら歩んでしまうのではないでしょうか。

キリスト者は目に見えない祝福、すなわち、罪が赦され神の子とされていること、永遠のいのちが与えられているのですが、世と調子を合わせてしまうと、世の人々と同じように地上のことばかりに心が奪われ、肉の思いや肉の欲に支配されてみことばを知っていていても、みことばに生きることができない状態に陥ってしまうのではないでしょうか(ローマ人への手紙8章7節)。

イエス様は「あなたがたの父なる神は、あなたがたがお願いする先に、あなたがたに必要なものを知っておられるからです。

(マタイの福音書6章8節)」と仰せられました。

パウロは「私たちすべてのために、ご自分の御子をさえ惜しまずに死に渡された方が、どうして、御子といっしょにすべてのものを、私たちに恵んでくださらないことがありましょう。

(ローマ人への手紙8章32節)」と語っています。

ペテロの手紙 第一 5章10節は「あらゆる恵みに満ちた神、すなわち、あなたがたをキリストにあってその永遠の栄光の中に招き入れてくださった神ご自身が、あなたがたをしばらくの苦しみのあとで完全にし、堅く立たせ、強くし、不動の者としてくださいます。」と、苦しみも不動の者となるために必要な要素であることを語っていますが、耐えられないほどの試練にあわせないこともコリント人への手紙 第一 10章13節は語っています。

問題や試練は私たちが主の偉大さを考えキリストに生きているか、または、自己に生きているかを吟味させる働きがあるとともに神の業を見る機会でもあるのではないでしょうか。

この世に生きている限り、この世に属するものを必要としていますが、この世と調子を合わせずに、多くの苦しみを味わったパウロが今日の聖句で「私の神は、キリスト・イエスにあるご自身の栄光の富をもって、あなたがたの必要をすべて満たしてくださいます。」と、「私の神」と、神との個人的関係の深さを告白しているように、私たちも信仰の完成者であるイエス様から目を離さず(ヘブル人への手紙12章2節)、パウロと同じように御子をお遣わしくださった神を「私の神」として生きようではありませんか。

何に焦点を合わせて生きているかが信仰生活に多大な影響を与えるのではないでしょうか。

日々の聖書とメッセージ (「賛美と聖書の集い」ボーマン・ルリ子 )