2018年11月8日(木)
 罪から来る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。
(ローマ人への手紙6章23節)

<<関連聖句>>
1.ヨハネの福音書6章38節―40節
2.ローマ人への手紙5章6節―11節
3.ヨハネの手紙 第一 5章5節―13節
<< ヒント >>
 ヤコブの手紙3章2節―3節が「私たちはみな、多くの点で失敗をするものです。

もし、ことばで失敗しない人がいたら、その人は、からだ全体もりっぱに制御できる人です。」と、完全な者はいないことを、またローマ人への手紙3章23節―24節が「すべての人は罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができず、ただ、神の恵みにより、キリスト・イエスによる贖いのゆえに、価なしに義と認められるのです。」と語っているように、これから12月になるとノーベル賞の授賞式がもたれますが、ノーベル賞をいただくような方でも、総理大臣であっても大学教授であっても、どんなに人から多大な評価を受け栄光に満ちた方であっても、一般市民もすべての者はこの世に誕生してからこの世を去るまでの間、罪を積み上げながら生きているのではないでしょうか。

パウロが「私は、私のうち、すなわち、私の肉のうちに善が住んでいないことを知っています。

私には善をしたいという願いがいつもあるのに、それを実行することがないからです。

私は、自分でしたいと思う善を行わないで、かえって、したくない悪を行なっています。

もし私が自分でしたくないことをしているのであれば、それを行なっているのは、もはや私ではなくて、私のうちに住む罪です。

・・私は本当にみじめな人間です。

だれがこの死の、からだから、私を救い出してくれるのでしょうか(ローマ人への手紙7章18節―20節及び24節)」と語ってから、「私たちの主イエス・キリストのゆえに、ただ神に感謝します。

ですから、この私は、心では神の律法に仕え、肉では罪の律法に仕えているのです。

こういうわけで、今は、キリスト・イエスにある者が罪に定められることは決してありません。

なぜなら、キリスト・イエスにある、いのちの御霊の原理が、罪と死の原理から、あなたを解放したからです。」と神は御子イエス様をお遣わしになり人の知恵では解決できない罪や死の解決を与えられただけでなく、永遠のいのちを与えてくださったのでした。

人と比較して「私には賜物がない。」などとつぶやかないで、永遠のいのちが与えられていることを感謝して生きようではありませんか。

日々の聖書とメッセージ (「賛美と聖書の集い」ボーマン・ルリ子 )