2018年11月7日(水)
 主の前では、どんな知恵も英知もはかりごとも、役に立たない。
(箴言21章30節)

<<関連聖句>>
1.ネヘミヤ記4章1節―15節
2.ヨブ記38章1節―6節及び42章1節―6節
3.コリント人への手紙 第一 1章18節―25節
<< ヒント >>
 パリサイ人や律法学者が、姦淫の場で捕らえられた女性に対して「モーセは律法の中で、こういう女を石打するように命じています。

ところで、あなたは何と言われますか。」と尋ねると、イエス様は「あなたがたのうちで罪のない者が、最初に彼女に石を投げなさい。」と驚くべき答えを出されたように、イエス様は何度もためされたり、さまざまなわなを仕掛けたり、難問を投げかけたりされても今日の聖句が「主の前では、どんな知恵も英知もはかりごとも、役に立たない。」と語っているように、イエス様を陥しめることはできなかったのでした。

モーセが主に「ああ主よ。

私はことばの人ではありません。

以前からそうでしたし、あなたがしもべに語られてからもそうです。

私は口が重いのです。」と申し上げると、主は「だれが人に口をつけたのか。

だれが口をきけなくし、耳をきこえなくし、あるいは、目を開いたり、盲目にしたりするのか。

それはこのわたし、主ではないか。

さあ行け。

わたしがあなたの口とともにあって、あなたの言うべきことを教えよう。」と仰せられたのでした(出エジプト記4章10節―12節)。

イエス様は「人々があなたがたを、会堂や役人や権力者などのところに連れて行ったとき、何をどう弁明しようか、何を言おうかと心配するには及びません。

言うべきことは、そのときに聖霊が教えてくださるからです(ルカの福音書12章11節―12節)。

人々はあなたがたを捕らえて迫害し、会堂や牢に引き渡し、わたしの名のために、あなたがたを王たちや総督たちの前に引き出すでしょう。

それはあなたがたのあかしをする機会となります。

それで、どう弁明するかは、あらかじめ考えないことに、心を定めておきなさい。

どんな反対者も、反論できず、反証もできないようなことばと知恵を、わたしはあなたがたに与えます。

(ルカの福音書21章12節―15節)」と約束されたように、信仰と聖霊に満ちたステパノは恵みと力に満ち、人々の間で、すばらしい不思議なわざを行っただけでなく、彼と議論した人々は彼が知恵と御霊によって語っていたので対抗することができなかったのでした(使徒の働き6章5節―14節)。

キリスト者にはステパノ同様、イエス様から信仰と御霊が与えられています。

自分の考えや五感から与えられる情報によって判断して肉の思いで生きるのではなく、「心を尽くして主に拠り頼め。

自分の悟りにたよるな。

あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。」と勧めている箴言3章5節−6節を心に据えて、必要な時に必要なみことばを思い起こさせてくだささる御霊を悲しませたり、御霊の働きを消してしまうよう生き方をせず、主を信頼し、神の知恵であるみことばに生きようではありませんか。

日々の聖書とメッセージ (「賛美と聖書の集い」ボーマン・ルリ子 )